野球を辞めることも考えた斎藤佑樹が、今、戦っている「幻想」 (2ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Nikkan sports

「右肩に関しては最近、痛いという感じは全然ないんです。投げている時も100パーセント、痛みはない。でも後から試合で投げている映像を見たら、まだ怖がっているんですよね。ちょっと怖そうに腕を振っているなと思いました。肩と体が離れていないというか......もう少し、右腕をしならせて投げたいのに、それができていない。たぶん、僕の知らないところでのブレーキがかかっているんだと思います。実際、136キロしか出ていないんですよ。理に適(かな)ったフォームで投げていれば、それなりのスピードは出てくるはずじゃないですか。じゃあ、何で136キロしか出ないのかなとなった時、まだどこかに問題があるんだと思うんです」

 果たして、そうか。理に適ったフォームで投げれば、スピードガンの叩き出す数字が跳ね上がるのだろうか。スピードに関する伸びしろがまだあるのだと信じたくて、無意識のうちにブレーキがかかっていると思いたいだけなのかもしれない。斎藤が続ける。

「確かに、大事なのはバッターの反応だということはわかっているつもりなんです(苦笑)。たとえば同じ135キロの真っすぐでも、ファウルになるか、ならないか。ゴロになるか、ポップフライになるか。差し込まれるか、差し込まれないか。それが大事だということはわかってるんですけど、でもやっぱり、まだ揺れてます、ハイ(笑)」

 斎藤が痛めたのは、右肩の関節唇だ。しかし程度の違いこそあれ、プロのピッチャーなら関節唇の損傷は致し方のない症状だ。損傷しても痛みが出なければ問題ないし、極論すれば、少々の痛みがあったとても試合で投げられて、勝てれば、それもまた問題にはならない。なぜなら、いったん損傷した関節唇は再生することはないからだ。

 ならば、どうすればいいのか。

 大雑把に言えば、痛みの出た原因を取り除き、痛みが再発しないようにすればいい。つまり、痛みの出たフォームを見直し、痛みが再発しないようなフォームを身につけ、そのフォームで投げ続けられる体力をつければいい、ということになる。斎藤が言う「理に適ったフォーム」とは、つまりはそういうことだ。斎藤はこう続けた。 

「極端な話をすれば、今までは肩だけを使ってスピードを出そうとしていたものを、肩を使わないで、体全体の重心移動で出そうとしているわけです。そのフォームで投げられれば、バッターからの見にくさ、タイミングの取りづらさ、ボールのキレ、コントロールを得られることになります。ただ正直に言えば、そのフォームにすると諦めなくちゃならないものがあると思っていました。それがスピードです。やっぱり肩を使って投げていた時よりも腕が振れないから、その分、スピードは落ちるだろうと、漠然と考えていました。だから、スピードが出ない分、キレとコントロールを磨こう、バッターから見にくい、タイミングをずらせるフォームを極めようと、そう思いました。でもね......スピードも諦める必要はないんじゃないかと思うようになってきたんです。このままでも、重心の移動がしっかりできれば、スピードも戻ってくると、試合で投げていて、そう思ったんですよね」

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