「試合に勝てる打撃」を実践する大谷翔平の「本塁打」への意識の変化 (2ページ目)
【大谷翔平が提示するホームランダービーの競い方とは?】
「ホームラン狙いは、フォームを崩す」と敬遠されていたが、それは今や時代遅れの考え方。大谷のようなパワーヒッターは、緻密な技術とともにその精度を高めている。その象徴が「引きつけて打つ」スタイルだ。MLB平均では、打者は体の中心から約78センチ前でボールをとらえるが、大谷は71.3センチ、昨年はさらに後ろの68センチだった。彼はボールをギリギリまで見極め、引きつけてボールを叩いている。ゆえにバット速度が最大になる前に当たってしまうが、それでも彼のスイングは十分に速く、逆方向(左中間やレフト)でも中段席へ放り込める。
7月19日から23日までの5試合連続本塁打では、センター3発、レフト2発。まさに「引きつけて打つ」芸術だった。大谷は好調の理由を「ここ数日、見え方がいいなというのが一番」と説明している。26日のボストン・レッドソックス戦でも、左腕ギャレット・クロシェットの97.1マイル(155.4キロ)の直球を打球速度198.5マイル(317.6キロ)、36度の角度でセンター越えに打ち返し、今季38号としている。
シカゴ・カブスの鈴木誠也も今季53本のバレル打球を記録し、26本塁打。バットスピードは73.4マイル(117.4キロ)と突出していないが、彼は「前でとらえる」スタイル。コンタクトポイントは約88.4センチとMLB平均よりかなり前だ。これにより、スイングスピードの加速が最もついた地点でボールを打てる。だが前で打つ分、早くバットを振りださないといけないし、空振りも増え、安定性に欠ける。本塁打の向きも引っ張ったレフト方向に偏る。
今季、大谷は100マイル(160キロ)以上の打球速度、角度20度以上という打球を72本放っており、そのうち38本がホームランになった。残る34本はフェンスを越えなかったが、それは単にバレルから1〜2ミリずれたにすぎない。打ち取られたというより、相手投手が運よく助かっただけ。MLBでは、打球速度95マイル(152キロ)以上を「ハードヒット」と呼ぶが、100マイル超はまさに"破壊的"。ちょっと上がりすぎてスタンドに届かなかっただけで、そのパワーは計り知れないのである。
記者会見では、ホームランダービーのルールについても興味深い発言があった。「現行ルールだと出場は厳しいという話をしていましたが、どんなルールなら出たいですか?」と聞かれた大谷は、こう答えた。
「飛距離にフォーカスというか、重点を置いても面白いのかなと個人的には思います」
まったくそのとおりだ。筆者が最も印象に残っているホームランダービーは、2008年のヤンキースタジアム。ジョシュ・ハミルトンが第1ラウンドで28本を放ち、うち3本は500フィート(約152メートル)超え。ライトスタンドの「バンク・オブ・アメリカ」看板の上に消え、スタジアムは騒然となった。優勝したのはツインズのジャスティン・モーノーだったが、彼も「みんなの記憶に残るのはハミルトン」と目を丸くしていた。
制限時間内にバットを振り続ける今のルールでは、選手は疲弊してしまう。ならば「最も飛ばした1本」や「本塁打の平均飛距離」で競う形式に変えるのはどうだろうか?
今や、打球角度・速度・飛距離は瞬時に計測される時代。そのテクノロジーを活用しない手はない。
つづく
著者プロフィール
奥田秀樹 (おくだ・ひでき)
1963年、三重県生まれ。関西学院大卒業後、雑誌編集者を経て、フォトジャーナリストとして1990年渡米。NFL、NBA、MLBなどアメリカのスポーツ現場の取材を続け、MLBの取材歴は26年目。幅広い現地野球関係者との人脈を活かした取材網を誇り活動を続けている。全米野球記者協会のメンバーとして20年目、同ロサンゼルス支部での長年の働きを評価され、歴史あるボブ・ハンター賞を受賞している。
2 / 2