【ドラフト2026】都立から唯一のプロ志望届提出 最速148キロの雪谷・松岡史穏が挑む12年ぶりの快挙 (3ページ目)
都立のなかで唯一、プロ志望届を提出した雪谷の松岡史穏 photo by Sportivaこの記事に関連する写真を見る 頭では原因がわかっていた。しかし、試合の最中に、それまで取り組んできたことを捨てるのは簡単ではなかった。そんな時、雷による中断で一晩の時間が生まれ、伊達前監督から激励のメッセージが届いたのだった。
「高1、高2の時は『いい顔して投げろ』って(伊達前監督に)言われていたんです。打たれた時に顔に出すタイプだったんで」
打たれても、苦しくても、感情を顔に出さずに投げろ。それは、伊達前監督から繰り返し教えられてきたことだった。だからこそ、大乱調に終わった夜に届いた「悪い顔はしていなかった」というひと言が、松岡の心を前向きにさせた。
プレートの踏み位置を元に戻すことにも「ビビっていた」という。だが、もう迷っている場合ではなかった。
「自分が完璧なピッチングをしないと勝てないとわかっていたので。やってやろうって気持ちでしたね」
翌日、松岡は再び神宮のマウンドに立った。2点ビハインドの3回裏、無死一塁。試合の状況は、もちろん前日から何ひとつ変わっていない。ただひとつ違ったのは、プレートを踏む位置だった。松岡は以前の一塁側に戻していた。
すると、再開後は打者3人を抑え、この試合で初めて無失点のイニングをつくった。4回、5回もゼロを並べると、6回には初めて三者凡退に抑えた。
残念ながら打線の反撃は及ばず、雪谷は5対9で東亜学園に敗れた。松岡の高校野球は、ここで幕を閉じた。
それでも、前日とは別人のような投球を見せた2日目について、松岡は充実した表情で振り返った。
「やりきったと思います。1日目は本当にダメだったけど、2日目にちゃんと修正できたってところが、自分のなかでは成長できたポイントだったんじゃないかな」
【都立からプロへ、12年ぶりの快挙なるか】
中学時代にレギュラーをつかめなかったこと、3年春のケガ、そして最後の夏に味わった大乱調。傍から見れば、決して順風満帆とは言えない野球人生だった。ところが、松岡自身の受け止め方はまったく違っていた。
「最後の夏の大会は思うようにいかなかったなって思うんですけど、成長で伸び悩んだ時期はないかな。ずっと伸び続けていたと思います」
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