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【ドラフト2026】都立から唯一のプロ志望届提出 最速148キロの雪谷・松岡史穏が挑む12年ぶりの快挙 (2ページ目)

  • 杉田純●文 text by Jun Sugita

 現在、雪谷の監督を務める西山翔氏は、当時の松岡をこう振り返る。

「手足が長くて身長もある、スケールの大きいピッチャーになるなって感じはしました。ただ、その時は140キロは出ていなかったので、プロっていうのを考えた時には難しいかなって感じはしましたね」

【ケガがもたらした148キロへの進化】

 しかし、ここから松岡の急成長が始まる。熱心に取り組んだウエイトトレーニングの成果が表れ、2年夏には140キロの大台を突破。そして冬を越え、3年生になろうとしていた頃、投手人生を大きく変える転機が訪れた。

 それは、思いがけないケガだった。

 今年3月、松岡は練習試合で左脇腹の肉離れを起こしてしまう。高校生活最後の春は、まさかの戦線離脱から始まった。

「焦りはすごかったです。プロも行けないんじゃないかって。先生と面談しても『このままだとプロは厳しいんじゃない?』って感じでしたね」

 投げられない日々は約1カ月半に及んだ。だが、このケガが思いもよらない変化をもたらすことになる。

「脇腹をケガして、可動域が緩くなったんです。体が回るようになって、感覚的に柔らかくなって投げやすくなりました」

 戦列に戻り、春の練習試合でマウンドに復帰した松岡は、自己最速となる148キロをマークした。

 西山監督も「球速に関してはすごく成長しましたよね」と目を丸くする。本人も最大の武器と認める力強いストレートは、ケガを乗り越える過程で、さらなる進化を遂げていたのだ。

【恩師のひと言で取り戻した自信】

 成長の手応えを胸に、最後の夏を迎えたはずだった──。ところが、初戦、2戦目を突破し、勝てば東東京大会ベスト16入りという東亜学園戦で、冒頭の大乱調に見舞われる。

 その原因は、夏の大会直前に変更したプレートの踏み位置にあった。もともとプレートの一塁側に立って投げていた松岡だったが、ある助言をきっかけに三塁側へと変更していた。

「ストレートの怖さがほしくて。『プレートの三塁側から投げたほうが打者も怖いし、ストレートも強くなるからいいんじゃない?』ってアドバイスをいただいたんです。でも、神宮でうまくハマらなくて......」

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