夏の高校野球・山梨大会で起きた「幻のサヨナラ事件」 当事者が語ったベース踏み忘れの真相 (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro

 冷静に考えれば、自分が二塁ベースを踏まなければいけないことはわかる。しかし、この場面では「三塁走者がホームを踏めばオーケー」と思い込んでしまった。

 ひとしきり喜んだあと、「アウト」の宣告がなされた。自分のミスとはいえ、天国から地獄へと叩き落された気分だった。

「ベースを踏んでないからアウトと言われて、『え?』という感じで。タイブレークに入ると知った時には本当に申し訳なくて。あれだけ助けてもらった3年生に、また迷惑をかけるのか......と」

 自分を責める雨宮に対して、叱責する3年生はいなかったという。

「おまえのせいじゃない。切り替えろ!」

 そう声をかけられ、雨宮は延長10回から始まるタイブレークに臨んだ。

【延長11回に起死回生の同点打】

 試合は思わぬ展開を見せる。延長11回表に帝京三が2点を勝ち越し。その裏に日本航空が追いつけなければ、その時点で敗退が決まる。

 しかし、日本航空の選手たちは驚異的な追い上げを見せる。1点を返してなおも二死一、二塁で、打順は4番の雨宮に回ってきた。

 極限状態に追い込まれた雨宮は、打席に入る前から涙が止まらなかった。

「自分のせいで負けちゃうかもしれない恐怖が一番大きくて、それでも諦めずに自分に回してくれた3年生に対するうれしさもあって、いろんな思いがごちゃごちゃになって、涙が止まらなくて。『やばい、やばい......』と焦りました」

 そんな雨宮に近寄ってきたのは、3年生の金子竜馬だった。

「泣くな! 泣いていたらボールが見えないぞ」

 さらに打席に入ると、一塁走者の金子優馬も声をかけてくれた。

「うしろにつなげ!」

 それまで「自分が決めなければ」と思い込み、緊張で体が硬直していた雨宮は、この言葉で我に返った。

「つなげと言ってもらえて、力が抜けてラクになりました」

 雨宮が放った打球はセンター前に抜け、三塁走者が生還。日本航空は同点に追いついた。さらには早川隼斗が押し出し四球を選び、逆転サヨナラ勝ち。二塁走者だった雨宮は、今度はしっかりと三塁ベースを踏んでから整列に向かった。

「勝てて本当によかった......という気持ちだけでした」

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