2022.07.09

甲子園優勝→ヤクルト入団→サラリーマン→高校野球の指導者。内田和也の人生の転機は「トライアウト」

  • 水道博●文 text by Suido Hiroshi
  • photo by Sportiva

立正大立正高・内田和也監督インタビュー(前編)

 日大三高の主力として、2001年夏の甲子園で全国制覇を果たした内田和也。同年ヤクルトから4巡目で指名されプロ入りするも結果を残せず、その後、西武でもプレーしたが6年間のプロ生活で一軍出場はゼロ。引退後はサラリーマンを経たのち、高校の教員となり、野球部の監督として甲子園を目指している。内田和也に高校野球にかける思いを聞いた。

高校時代に全国制覇の経験を持つ立正大立正高の内田和也監督高校時代に全国制覇の経験を持つ立正大立正高の内田和也監督 この記事に関連する写真を見る

元プロ監督のメリット

── 2007年限りでプロ野球選手を引退後、どのような人生を歩んだのですか。

「コンサルティング会社でサラリーマン生活の傍ら、夜は早稲田大のeスクールを受講しました。高校を卒業して即プロ入りしたので、大学資格+教員免許取得ということで、都合5年かかりました」

── なぜ高校教員の道を。

「日大三高野球部の小倉全由(まさよし)監督の影響を受け、18、19歳の頃から『将来は高校野球の監督をやりたい。こういうチームをつくってみたい』と漠然と考えていました。ただ、私が現役引退当時は、学生野球資格回復制度の関係で、教諭歴2年を満たさないと指導ができませんでした」

── とはいえ、立正大学付属立正高等学校(以後、立正大立正高)には、野球部の監督として招かれたわけではないのですよね?

「そうなんです。よく勘違いされるのですが、順序的には立正大立正高の教員になったのが先で、その後、野球部の指導を任されるようになりました。だから最初の頃、野球部以外の生徒や保護者の方に『えっ、内田先生って高校時代に甲子園で優勝しているんですか?』とか、『元プロ野球選手だったんですか?』と驚かれました(笑)」

── 内田監督にとって、人生のターニングポイントとは?

「トライアウトです。2006年にヤクルトから戦力外通告を受けました。『プロで活躍しろよ』と言ってくれた(日大三高の)小倉監督や親、友人などみんなの期待を裏切った申し訳ない気持ち、情けない思い......。私のほかにも同じような気持ちでいる選手がいっぱいいたと思います。そんな選手たちを集めて行なわれるトライアウトのあの重苦しい雰囲気は、今も忘れません。結果、西武から契約をしてもらうことになったのですが、あきらめない大切さであるとか、そういうことを学んだ気がします。高校生の進路指導をしていて、私のトライアウトや、高校の同級生の近藤一樹(プロ17年目にして最優秀中継ぎ投手のタイトル獲得)の話に、生徒たちは耳を傾けてくれます」