U-12仁志監督が伝える木内イズム。「サインに縛られず考えるクセを」 (3ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • 市川光治(光スタジオ)●写真 photo by Ichikawa Mitsuharu(Hikaru Studio)

「サインが出た瞬間、このままサード側にバントしたらみすみすアウトになるだけだと思ったんです。右バッターがサードの方向へバントするときって、転がす方向が見えないじゃないですか。でも、右方向へバントすればよく見える。そっちを見たら、ピッチャーとファーストの間がすごく空いていたので、勝手にプッシュバントに変えたんです。

 もちろん、サインと違うプレーだからといって怒られるようなことはありません。考えて、意見を持っていいという監督でしたし、むしろ何も考えてない方が怒られます。木内さんの野球は自由なんです。全部をサインで動かそうという感じはないし、考えてやったことなら結果が悪い方へ出たとしても、褒められはしませんけど、何も言われません」

 初球を強めにバントして一、二塁間へ転がす。ファーストが大きく横に動いてボールを捕ったものの、ピッチャーのベースカバーが間に合わず、悠々、セーフ。3点を追う最終回、仁志の好判断から常総学院はノーアウト1、2塁と、チャンスを広げた。しかし結局、常総学院はこの回、得点を挙げることができず、PL学園に春夏連覇を許してしまう。仁志はこう続けた。

「あの年に優勝したPL学園は選手個々の能力が高くて、それぞれのプレーで勝ったチームでした。ウチが甲子園で勝ったチームには、のちにプロに行くようなピッチャーが何人もいました。2回戦で勝った沖縄水産には上原(晃、のちに中日へ)さん、3回戦の尽誠学園には伊良部(秀輝、のちにロッテへ)さん、準々決勝の中京には木村(龍治、のちに巨人へ)さん、準決勝の東亜学園には川島(堅、のちに広島へ)さん、そしてPLには野村(のちに大洋へ)さん、橋本(のちに巨人へ)さん......でもウチにはそういう突出した選手はいませんでした。

 それでも選手個々で考えて、他のどこのチームよりも組織的な野球をしていたと思います。サイン通りにプレーしないというのはバラバラに野球をやるのとは違うんです。勝つために、この場面でどうするのが一番いいのかを、サインに縛られずに考えるクセが身についていた。結果、個々の能力では及ばなくても勝ち上がれたのかなと思います」

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