2018.01.24

秀岳館から公立の母校へ。古豪復活を期す
名将・鍛冶舎巧の強化プラン

  • 加来慶祐●文 text by Kaku Keisuke
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 そして昨年夏の岐阜大会3回戦で、同じ公立校の海津明誠に1-9と7回コールド負けを喫したあと、”鍛治舎待望論”はますますその勢いを増していった。

「秀岳館では”大阪第二代表”と揶揄(やゆ)されることもありましたが、甲子園で勝つことで、最後は地元の方から支持を得ました。ただ、今回は秀岳館とは違い、県内の選手だけで目指す甲子園。もちろん時間がかかることは百も承知ですが、母校からお声をいただいたわけですから、断るという選択肢はありませんでした」

 今回の発表を受け、秀岳館時代の鍛治舎を知る者がもっとも気になった点は、やはり母校といえども県岐阜商が公立校だということではないだろうか。

「みなさん心配してくださるのですが、雨天練習場やトレーニング場は、むしろ秀岳館より広いですし、他の部活動と共用しているとはいえ、グラウンドも秀岳館と同じ広さを確保できる。公立校としては恵まれた環境だと思います」

 秀岳館時代は平日でも8時間練習が当たり前だった。長時間練習のなかで徹底的な打ち込みやフォーメーションノックで”実戦力”を磨き、強豪校へとのし上がったのだ。しかし下校時間が定められ、練習にも何かと制約の多い公立校で、鍛治舎のやりたい野球をどこまで実践できるのか。

「秀岳館でやってきた練習メニューを変えるつもりはありません。ただ、練習時間は確実に半減するので、さらなる管理徹底とスピードアップが必要になります。選手が思い通りに動いてくれない、もっと指導したいからといって練習をストップさせることはナンセンスです。選手を立ち止まらせないこと。ただでさえ時間が少ないわけですから……。いま時間割をつくっている最中ですが、メドは立ちました。欲を言えば、もう30分、時間が欲しいところですが(笑)」

 相変わらずのポジティブ思考で逆境に立ち向かおうとしているが、昨今の”私学優勢”の潮流に対抗するのは百戦錬磨の鍛治舎をもってしても容易ではない。