北海を襲った「幸運」→「悲運」の暗転。作新学院54年ぶりV (4ページ目)

  • 田尻賢誉●文 text by Tajiri Masataka
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 その後は8番の鮎ヶ瀬一也、9番の今井達也に連打を許して大西が降板。甲子園のマウンドに一人で立ち続けてきた絶対的エースがKOされた時点で、勝負は決した。

「あの場面でいつもならマウンドに行っていたかもしれないです。見えない急ぎというか、勝負を急いでしまいました」(佐藤大)

 最後に、なぜ川村はあの場所に守っていたのか。

"超前進"ではなく、普通の前進守備の位置なら、あの打球は川村が捕球動作に入る間もなくファウルになっているはず。少なくとも"誤審"に泣かされることはなかった。

「点をやりたくないという気持ちでした。4つ(ホーム)しかなかったです。守備位置が浅いという意識? なかったです。前進守備のときはいつもあそこに守ります」(川村)

 チーム作りや練習において、やるべきことはあまりに多い。指揮官が見落としていることや徹底しきれなかったことがあるのはやむをえないといえる。勝つときや流れがあるときはそれが出ない。逆に、間違っているからこそ、うまくいくこともある。

 まさに、あのファーストゴロはその典型だった。あの守備位置でしか併殺をとれないところに打球が飛んだ。だが、それを処理できなかった。あのゴロこそが"球運"。

 白球が川村のファーストミットをすり抜けた瞬間――。北海創部116年目での悲願達成は幻となった。

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