2015.08.30

【高校野球】地方大会秘話。古豪復活を託された2人の野球ド素人

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro

「日立一高」野球部再建物語(前編)

 悲願の夏の甲子園初出場を飾った霞ヶ浦(茨城)。その霞ヶ浦に茨城大会決勝で惜敗したのが、県立の古豪・日立一高だった。ノーシードから甲子園まであと一歩に迫った快進撃の裏には、名もない2人の「野球ド素人」による知られざる奮闘があった。

日立一高の外部アドバイザーとして再建を託された小池康裕氏(写真左)と皆川達郎氏のふたり

 2010年の年の瀬、39歳のサラリーマンである皆川達郎はある電話を受けた。高校の教員をしている高校時代の同級生・安島尚毅(あじま・なおき)からの電話だった。

「中山さんが、お前に力を借りたいって言ってるんだ」

「中山さん」とは、茨城・水戸一高の野球部監督を務める中山顕(なかやま・あきら)のことだった。2008年には同校を21世紀枠の県推薦校に育て上げており、茨城県内では名の知られた監督だ。

 皆川とは同じ日立一高出身で、1学年先輩にあたる。しかし、いくら同じ学窓を巣立ったといっても、皆川が高校時代に所属したのは野球部ではなく、硬式テニス部だった。野球部との接点は、応援委員会として3年間応援していたことくらいだ。野球経験のない皆川に借りたい「力」とは、いったい何なのか。

 途中で安島に替わって電話口に出た中山は、熱っぽく皆川に語った。

「もし、母校(日立一高)に戻ることになったら、チームづくりをする上での組織論を選手に教えてやってほしい」

 皆川は野球部ではなかったが、根っからの高校野球マニアだった。甲子園よりも地方大会に興味を持ち、全国津々浦々の高校野球を見て歩いては、どんなチームが勝てているのかを分析していた。そのライフワークを知った同級生の安島が、当時監督を務めていた高校野球部に皆川を呼び、忌憚(きたん)のない意見を求めた。その縁があって、安島から皆川のことを聞いた中山が興味を持ったというわけだ。