2014.05.05

【自転車】片山右京「TeamUKYOが誕生したふたつのキッカケ」

  • 西村章●構成・文 text by Nishimura Akira 五十嵐和博●写真 photo by Igarashi Kazuhiro

遥かなるツール・ド・フランス ~片山右京とTeamUKYOの挑戦~
【連載・第3回】

 同世代の元自転車ロードレース選手、今中大介から1台のロードレーサーを手渡された片山右京は、そのスピード感に衝撃を受け、瞬(またた)く間に自転車競技の世界にのめりこんでいった。そして選手として参加し、自転車レースの面白さを実感すると、次々と大会にエントリーしていった。しかしその後、片山の心には、次なる欲求が芽生えてくることに――。

(前回のコラムはこちら)

初めてレースに出場したときの衝撃を、目を輝かせながら語る片山右京 自転車の魅力に目覚めた片山は、2005年の富士チャレンジ200(通称:フジチャレ)に参戦した。富士スピードウェイで毎年行なわれる、人気の高い市民レースだ。「200」という名が示すとおり、いくつかの開催種目のなかには、ひとりで200キロを走行するという過酷なクラスもある。市民レースといえども、決して生易しいレベルではない。片山が走ったのは、チームを組んでエントリーする8時間エンデューロ(耐久)だ。

 富士スピードウェイは、片山が若いころから四輪レースで走り慣れたサーキットだ。しかし、エンジンの動力で走る自動車と、自分の脚力と心肺機能で走りきる自転車では、当然ながら最高速や、そこから感じるコースの印象もまったく異なる。この速度感覚の違いや、自分の身体を駆使して走り抜く自転車の大変さが、さらに片山を魅了した。

「フジチャレで富士スピードウェイを走ってみたら、クルマよりは遅いものの、だけどこれがまあ、速くて……(笑)。1コーナーからaコーナー(の下り)は時速70キロくらいまで平気で出るし、第3セクターから最終セクターまではすごい上り坂で、クルマならビュンって一瞬で走り抜けちゃう距離なのに、自転車だとこんなにも大変なのかと。

 それを我が身で経験してからは、もう一気に、こう(両掌で視界を狭める仕草)ですよ。自分自身も「坂バカ(※)」になって、『シャカリキ!』(並外れた登坂能力を持つ高校生が主人公の自転車ロードレースマンガで、1992年から1995年まで「週刊少年チャンピオン」にて連載/曽田正人著)も夢中で読みましたね」

※坂バカ=坂道をひたすら上がることに情熱を燃やす強者たちに対して敬意を込めた愛称