2018.03.29

伊達公子が若い子に伝えたい
「トレーニングと用具選びの重要性」

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • TOBI●撮影 photo by TOBI

 伊達公子――。1990年代に世界の4位にまで駆け上がり、12年のブランクを経て復帰した後もツアー優勝など数々の栄冠を手に掴んだ、言わずと知れた「レジェンド」アスリートである。

伊達公子さんに高校時代を振り返ってもらった ボールの跳ね上がり際を叩く伝家の宝刀「ライジング」を携えて世界に切り込んだ20代、そして37歳から9年半走り抜けた「再チャレンジ」の40代……。異なる時代のなかで数世代にわたる対戦相手と戦ってきた彼女は、いつから、いかなる意識のもと、アスリートとしての道を歩み始めたのだろうか? また、時代の変遷に伴い、移ろう女子テニス界の景色を、どう見てきたのだろうか?

 まずは、初めて本格的にトレーニングに取り組み始めた日のことや、その背景を振り返ってもらった。

「トレーニングを始めたのは高校生のころからだと思いますが、そのときはまだ、言われるがままやっていただけなので、自分自身が意識してやるという感覚は薄かったと思います。学校(園田学園高)では毎日6kmのランニングがありましたし、大学のジムもあったので雨の日に使ってはいました。

 ただ、身体作りや身体を変えるという意識を持って取り組んだのは、もう少し後のことですね。小浦(猛志)さんに教わるようになり、プロになることも決めた高校後半だと思います。そのころから、トレーナーもつけてやるようになりました」

 ひとつの出逢いが、ひとりの人間がその後に歩む道の先鞭(せんべん)をつけることがある。伊達公子にとってそれは、1960~1970年代にかけて世界と戦い、のちに伊達を含む数多くのトッププレーヤーを指導した、名伯楽の小浦猛志氏であった。

「小浦さんに見ていただいたのは16歳の半ばからでした。技術面はもちろん、トレーニングから食事まで細かくチェックし、何が必要かという指示を与えてくれたのも小浦さん。小浦さんにはそれを見る目があったし、すべてが小浦さんの導きのもとでスタートしました。