地上波によるメジャースポーツの中継に危機。ライブの価値が上がる一方で価値が下がっていきそうなコンテンツとは? (3ページ目)

  • 鈴木雅光●構成 text by Suzuki Masamitsu
  • はまのゆか●絵 illustration by Hamano Yuka

広告料を払えるスポンサーも減っている

奥野「これは、なかなかいい質問だね。サッカーW杯で日本代表が出場する試合をテレビで放送すると、時間帯にもよるけどだいたい40%程度の視聴率を稼ぐと言われているんだ。

 ということは、日本の世帯数が7000万世帯だとすると、約2800万世帯が見ていることになる。10億円を2800万世帯で割ると、1世帯あたり36円を払ってくれれば、ちょうど10億円になる。つまり放映権料が10億円だったとしても、ペイできるってわけ。

 DAZNが今回、いくらで権利を得たのかわからないし、現時点でDAZNに2800万人ものサブスクライバーがいるようにはとうてい思えないんだけれども、ひょっとしたら、このカタールW杯のオーストラリア予選を放映することによって、自分のところのサブスクライバーを増やせるかもしれないと考えたのではないかな。

 たとえ2800万人に到達できなかったとしても、ある程度までサブスクライバーを増やすことができたら、これから先、DAZNが提供するさまざまなコンテンツに、チャリンチャリンとお金を落としてくれるかもしれない。そろばん勘定が透けて見えるよね」
        
由紀「そうなると、もう本当に地上波のテレビってダメになっていくだけのような気がします」
        
奥野「そうだね。テレビ自体がもう十分に日本の隅々まで行き渡っていて、今さら視聴率を競うような時代ではなくなっているし、瞬間的に高視聴率を獲得できたとしても、高いスポンサー料を払ってくれる企業は、もうこの日本にはない。あったとしても、その数はものすごく少なくなっている。

 そういう時代に、視聴者からはお金を取らず、いわゆる広告モデルで企業からお金を取り、それを番組の制作費やテレビ局で働いている人たちの給料に充てるというビジネスモデルは、いよいよ限界に近づいている気がするね。

 したがってDAZNのように、そのプラットフォームが提供しているコンテンツに魅力を感じた人が、適正な料金を月額で支払っていくほうが合理的なのかもしれないね。いずれにしても、もう地上波テレビの時代ではないと思うよ」
         
鈴木「でも僕、思ったんですけど......確かにW杯の出場がかかった予選の試合って、それなりに価値はあるはずですけど、それにしても10億円って、すごくないですか」

奥野「これは、スポーツの場合、即時性が高いからだと思うんだよね。

 たとえば映画、ドラマというのは、今、観なければダメというものではないよね。でも、スポーツって筋書きのないドラマだから、結果がわかっているものを観ても、面白くも何ともない。つまり、まさに今、行なわれている試合を、リアルタイムで観ることに価値があるんだ。だから、アメリカでいうと大学フットボールの試合とか、あるいはスーパーボールの試合には、高額の放映権料が設定されるんだよ。

 もっと言うと、リアルに対する価値が上がっていく一方で、映画やドラマのように、後から何度も観られるようなコンテンツの価値は、下がっていくのかもしれないね。まあ実際にどうなるのかは、まだ状況を見ていく必要があるとは思うのだけれども、DAZNや、ディズニー傘下のスポーツ専門チャンネルであるESPNが、ライブの価値が高まっていることを背景に盛り上がっている一方で、Netflixの株価が急落したのは、何となく象徴的な気もするね」

【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。

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