田中美保が語る「アスリートの妻」と「一児の母」。稲本選手は「父親として100点」
10代からモデルとして第一線で活躍している田中美保さんは、2012年にサッカーの稲本潤一選手と結婚。2015年には稲本選手の移籍に伴い、初めて東京から居を移し、北海道・札幌へ。2019年には第一子を出産した。
「アスリートの妻」そして「一児の母」になったことで、自身にどんな変化があったのか。現在、稲本選手がSC相模原に移籍したことで東京に戻ってきた彼女に親子3人の生活についても話を聞いた。
自身の性格は「ポジティブ」と話してくれた田中美保さんこの記事に関連する写真を見る――2012年に稲本選手とご結婚される際、「スポーツ選手と結婚する」というところで不安はありましたか?
特になかったですね。ただ、できることはサポートしようと思っていました。移籍もあるのはわかっていたけれど、最初は漠然としていてあまり考えていなかったんです。私自身、生まれも育ちも東京なので、このまま何も変わらないと思っていたし、東京を離れる想像が当時はできていなかったんですよね。
――勝敗がある仕事ですが、「家で仕事の話はしない」など気をつけていることはありますか?
夫はそういうのを家に持ち込まないタイプなんです。もちろん自分の中で消化不良のことはあると思うんですけど、メンタルが強いんですよね。私も仕事でつらいことがあっても「今日はもうダメだ」とならないタイプなので、あまり考えたこともなかったです。ただ、2016年に前十字じん帯を切った時だけは、自宅で50回くらいため息をついていて、ケガの時のほうがつらそうでした。練習ができないとか、試合に関われなくなってしまうほうが、私もつらかったです。
――その時はサッカーをやめるという話は出なかったんですか?
考えていなかったと思います。私も引退するなんて思っていなかったですし、「早く治るといいね」って言っていました。私はポジティブというか、悩むことはもちろんありますけど、切り替えるのがうまいほうだと思っています。2人とも深刻になってしまうと、そこから上がるのって大変だと思うので。
――リハビリが大変そうな時期はありましたか?
ずっと同じことを繰り返しているのはやはり大変だったみたいですね。JISS(スポーツ国立化学センター)に泊まってリハビリしてたんじゃないかな。メンタルは強いですし、どっしりと落ち着いている人なので、しっかりとケガと向き合っていたと思います。
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