2020.06.10

高速水着騒動を乗り越えて。入江陵介が
ロンドンで見せたエースの意地

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 入江は、北京五輪後に北島康介から「後継者」に指名され、水泳界の次期エースとして大きな期待を背負わされてきた。そんななかで目標にしていたのが、北島と同じ金メダル獲得だった。

 09年は好調だった。高速水着を着用して、100mでも200mでも世界記録にあと一歩に迫る日本記録を樹立。その後、200mでは世界記録を塗り替えるタイムが出たが、水着の規定違反として国際水泳連盟には公認されなかった。

 翌10年はその高速水着が禁止になり、入江は春先の足首捻挫が長引いて不調に陥った。だが、11年の日本選手権では、200mで非高速水着のベスト記録であるライアン・ロクテ(アメリカ)の1分54秒12を上回る、1分54秒08をマーク。世界の頂点に立つチャンスが見えてきた。

 しかし、同年7月の世界選手権では、逆にロクテの強さを見せつけられることになる。

 先行するロクテに対し、100m、150mと差をつけられ、最後のターンをしたあとは強烈なバサロキックで一気にリードを奪われた。浮き上がった時にはもう姿が見えないほどだった。ロクテは1分52秒96で優勝。入江は1分54秒11で2位に終わった。

 この結果から、強敵のいる200mよりも100mのほうが金メダルに近い、と指摘する声もあった。だが、入江には「自分が得意なのは200m。それは絶対に捨てられない」という強い想いがあった。