ケガから復帰の後村光星が好走し、中間層や下級生らも台頭 國學院大が網走で得た収穫と課題 (2ページ目)
【「"大将戦"がどうかが一番、駅伝につながってくる」】
しかし、最終5組では課題を残した。
他大学もエース級が出場したこの組。國學院大からは、エース格のひとり、辻原輝(3年)と、長い距離で定評がある高山豪起(4年)が登場した。
3、4組の流れに乗って好記録を狙いたかったが、なかなか厳しい結果に終わった。
ふたりとも序盤から留学生のすぐ後ろについて、積極的にレースを進めたが、4000mを前に高山が遅れをとった。一方の辻原は、5000mを14分16秒と4番手で通過したが、その後、先頭集団についていくことができなくなり、大きく遅れてしまった。
結局、辻原は29分27秒67で23着。高山は29分45秒88で25着。暑さのなか序盤からの積極策が裏目に出たとはいえ、不本意な走りになった。
「(全体的には)存在感を見せてくれたかなとは思っているんですけど、結局、5組目の"大将戦"がどうかが一番、駅伝につながってくる。他大学さんも同じ条件でやっているので、各チームのエース選手が出ているなか、高山と辻原がこの走りだったら、なかなか厳しい。こういう条件下だからこそ、もう一段強さを磨いていかないと、優勝を掲げるところまではいけない」
引率していた山口祥太コーチは、今回のレースをこう総括していた(※前田監督は、ワールドユニバーシティゲームズの日本代表コーチとしてドイツに向かっていたため不在だった)。
エースたちには高いレベルの走りが求められていただけに、山口コーチの言葉は厳しかった。
今年の網走での2戦は、悪条件であったことなどさまざまな要因はあるが、例年に比べると記録は低調だった。それでも、國學院大にとって重要な位置づけの大会であることに変わりはなかった。
「みんなそれぞれによかった部分もあれば、振り返るべきポイントもたくさんあると思う。いろんな課題を持って、夏に取り組めると思うので、『あの段階で経験できてよかった』とあとで言えるように、秋冬で結果をちゃんと出したいです」
山口コーチがこんな言葉で締め括ったように、のちのち、あの網走がターニングポイントだったと言えるかどうか、注目である。
著者プロフィール
和田悟志 (わだ・さとし)
1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。
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