箱根駅伝での青山学院大エースふたりの思考 黒田「ペースが上がってないんじゃないか」 太田「相手が誰だろうと40秒差なら追いつける」 (2ページ目)
【野心家としての魅力と清々しさ】
一方の太田は、自分の力に絶対的な自信を持つ選手だ。しかし、レース1カ月前の12月1日にインフルエンザに罹患したため、自分の体と相談しながら調子を上げていくしかなかった。
「12月中旬に5km×2本という、青学大の選手選考にとっては重要な練習があったんですが、タイム的にはダメでしたね」
それでも、全く動揺はなかった。
「ボーダーラインの選手にはプレッシャーのかかる練習ですけど、僕にとっては"趣旨"が違うと思っていました。箱根を走るのは間違いない。体調が回復途上だったので、『この練習でやるべきことは、現状の力を出力しきること』と考えていました。出力したうえで、状態が上がってくるのを待つ。そういうイメージでした」
ものすごい自信だ。
その裏づけとなっているのは、ターゲットとするレースでは自分の調子を「1パーセント単位で把握できる」という繊細な感覚を持っているからだ。
「だんだん調子が上がっていき、元日の1000mの前日刺激は完璧でしたね。その時点で99パーセントまで来たなとわかりました」
1月2日、太田の調子は100パーセントになっていた。
「相手が誰だろうと、40秒差なら追いつけると思っていました。黒田が22秒差でタスキをもってきてくれたので、追いついて、なんなら差をつけてやろうと。実際、駒大の佐藤圭汰君(2年)を抜きましたけど、4秒差しかつけられなかったので、自分としてはもっと差をつけないといけなかったと思ってます」
佐藤圭汰は現役学生では、最速のトラックランナー。その佐藤相手にも、全く臆することがない強心臓が太田の強みだ。ただし、それは弱点と表裏一体でもあり......。
「記録会だと、自分の目盛りが100まで上がらないです。なかなかやる気が出なくて(笑)。トレーナーさんから『本当のプロは、どんな時でも結果を残せるものだよ』という話を聞いて、どんな状況であってもモチベーションを構築していくのが自分の課題だなと感じています」
2024年は太田にとって、青学大での最終年。これまで駅伝で走ったのは箱根3本、全日本1本だけだが、今年は三大駅伝でインパクトのある走りを見せたいと思っている。
「青学としての目標が三冠達成なので、出雲、全日本、箱根と自分の責任としてしっかり走りたいと思っています。そしてそのあと、2025年の東京マラソンで、初マラソンに挑戦する予定です」
今年も別府大分毎日マラソンに挑戦プランもあったが、体調不良もあり、先送りとなった。
「1年かけて、マラソン仕様の体に仕上げていきたいです。これまでも監督には『マラソンのことを考えて、もう少し走っておきたいんですけど』と話すと、監督からは『そこまで必要ないよ』とスルーされてしまって(笑)。今年は、自分なりに距離を踏んでいきたいですね。来年の東京マラソンではインパクトを与える走りをするのが目標ですし、どれだけの走りができるのか自分でも楽しみです」
野心家の太田が、その先に見据えているのはオリンピックのマラソンでの金メダルだ。
「世界一の景色。宇宙飛行士が地球を外から眺めたように、自分も世界の頂点からの景色を見てみたくて」
臆することなく、こうした言葉を言えるのが太田の魅力だ。
自分の意思を清々しくはっきり表現する太田蒼生
1965年に脚本家のニール・サイモンは『おかしな二人』という傑作を書いた。エキセントリックなふたりがぶつかり合い、奇妙なケミストリーが生まれ、物語が加速していく。
穏やかな黒田と、野心家の太田。
青山学院の魅力は、学生たちの多彩なキャラクターにあると思っているが、このふたりのエースの組み合わせは、これまでにない化学反応を生みそうな気配がする。
2024年、お互いが刺激し合うことで、ふたりはより強くなっていくかもしれない。
今年は春から、ふたりのトラックでのタイムにも注目していきたい
著者プロフィール
生島 淳 (いくしま・じゅん)
スポーツジャーナリスト。1967年宮城県気仙沼市生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂に入社。勤務しながら執筆を始め、1999年に独立。ラグビーW杯、五輪ともに7度の取材経験を誇る一方、歌舞伎、講談では神田伯山など、伝統芸能の原稿も手掛ける。最新刊に「箱根駅伝に魅せられて」(角川新書)。その他に「箱根駅伝ナイン・ストーリーズ」(文春文庫)、「エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」(文藝春秋)など。Xアカウント @meganedo
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