京大卒の金メダル候補・山西利和が明かす「仕事のキャリア」と「競歩」の葛藤 (3ページ目)

  • 門脇 正法●取材・文 text by Kadowaki Masanori
  • photo by Kyodo News

―― 同世界陸上の優勝で、東京五輪の日本代表にも内定しました。

「僕にとって東京五輪は、ひとつの節目になると思っています。とはいえ、東京五輪で競歩を辞めることを決めている、というわけではなくて。世界陸上もひとつの節目でしたし、その結果五輪への出場権を獲得したわけです。だから、東京五輪に全力を注いで、それが終わった時に、自分がどう感じるかということを大切にしたいと思っています。

 今、競歩をやっていて思うのが、競技の世界はどこまでいっても終わりがないということ。五輪に出場したかとか、世界陸上に何回出場したか、何回優勝したか、連覇したかとか......。そういったものはあくまで結果で、競技を終えることに直接的にはつながらないと思うんです。それよりも、自分の人生をひとつの競技に懸けて、その道を歩んでいって、最後にその道から降りるタイミングで、満足だったと感じられるかが大切なのかなと」

―― つまり、山西選手にとっては、現役で競歩を続けるのと同じぐらい、競歩の辞め時も大事になると。

「これはいろんな考え方があると思いますが、僕の場合、競歩を続ければ続けるほど、会社での(先端技術を扱うエンジニアとしての)キャリアは削れていくと思うんです。最初の数年ぐらいは何とかなるとは思うんですが、時間が経つにつれて、競歩をしていることが社会人としてはリスクになっていくんじゃないかという気持ちがあります。

 一方、いちアスリートとして、五輪でメダルを獲ったり、世界記録を更新したり、そうした実績をひとつずつ積み上げていった先にどんな景色が見られるのか、興味があるのも事実なんです」

―― 結果を残していった先に見られる景色、ですね。

「僕の課題でもあるのですが、会社員とアスリートを両立する上で、競技人生を包括するような大きなビジョンを描く必要があると考えています。競歩を続けていった先に、自分はどう変わるのか。実績を重ねることがどんな社会的意味を持っているのか。そうしたビジョンを描けなければ、競技を続けていても、いたずらに時間を消費してしまうような気がしていて」

―― 大きなビジョンを描くことで、山西選手のこれからの競技生活がさらに濃いもの、有意義なものになっていくと。

「そうですね。もちろん、競歩で勝つための短期的な課題は設定しています。高校時代の部活と勉強に関しても同じだと思うのですが、トレーニングに関しても、あと何年でこれだけの課題をクリアして、そこに自分がどれだけ到達できたのかを考える。定めた期限に、自分の現状を照らし合わせて、理想と現実のギャップを明確にする。それを繰り返していくしかないのかなと思います。

 そうしたトレーニングを繰り返していった先に、東京五輪がある。特に今回の大会は、コロナ禍という困難な状況で行なわれます。そこで僕が競歩をする姿を見せることで、先ほど言った大きなビジョンではありませんが、勝ち負けを越えた価値を表現したい。東京五輪は一発勝負のレースですし、一度きりの大舞台で自分を表現できることは、純粋に楽しみですね」

―― 最後に、「文武両道」を目指す、実践する学生や子どもたちに何を伝えたいですか。

「正直なところ、『文武両道』を貫くことが、絶対的な正解かどうかはわかりません。ただ、それでも両立したり、何かに打ち込んだりしている人は、『興味があるものに対して多大なエネルギーを注げる人』と表現することはできると思います。

 勉強ができる人が偉いとも、スポーツが得意な人が優れているとも思いませんが、いろんな物事に興味が持てるかどうかが大切で、物事に対してちょっとでも理解しようという意識を持てるだけで、おのずと知識は深まりますし、自分の表現の幅も広がる。それが、人生で直面する困難に打ち勝つためのパワーになるのではないでしょうか」


Profile
山西利和(やまにし・としかず)
1996年2月15日、京都府生まれ。愛知製鋼所属。20km競歩の東京五輪日本代表。高校生の時に競歩をはじめる。京都市立堀川高校を卒業後、現役で京都大工学部に進学。大学卒業後は、愛知製鋼に就職し、正社員として働きながら、競技を続けている。2019年の世界陸上ドーハ大会、20km競歩で優勝し、東京五輪日本代表に内定。同種目で日本人史上初となる金メダル獲得をめざす。

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