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佐藤慎太郎が描く引き際の美学「弱くなる自分も見せたい」 50代の競輪人生に影響を与える伏見俊昭の死にも言及 (5ページ目)

  • text by Sportiva

強靭なフィジカルの持ち主。佐藤はこれからも限界に挑み続ける photo by Sunao Noto(a presto)強靭なフィジカルの持ち主。佐藤はこれからも限界に挑み続ける photo by Sunao Noto(a presto)この記事に関連する写真を見る

【50代は楽しみたい】

 この引き際の美学に少なからず影響を与えたのが、7月18日のレース中の落車事故により突然訪れた伏見俊昭(福島・75期)の死だった。伏見は同じ福島県出身で、若いころはともに練習した1学年上の先輩だ。

「伏見さんはすごく節制していて、やりたいことを本当に我慢して50歳まで頑張ってきた姿を見てきました。今回の件で、自分に対して少し優しくしなきゃいけないのかなという気持ちは生まれましたね。それは自分にだけじゃなくて、周りの人にも、家族にも。競輪にしか目がいっていない自分と過ごしてきているわけですから、もっと周りに目を配ってもいいのかなという気がしますね」

 そしてこれから始まる50代についても話し始めた。

「40代は楽しみを本当に何も入れずにやってきましたから、50歳でこの舞台を走っている自分を楽しんじゃおうという感じですね。もちろん50歳を過ぎてもGⅠで活躍する姿をファンのみなさんに見せるのは使命だと思っていますので、それを果たしつつ、少し自分のやりたいことや息抜き、楽しみを入れたいですね。今までは競輪に98パーセント向いていましたが、90パーセントくらいまで落としてもいいんじゃないかな」

 師匠・添田広福(福島・49期/2008年引退)が佐藤のデビュー戦前日に歌った曲『狼の旅立ち』(※音源未発表)の最後は、こんな歌詞で締めくくられている。

「お前も狼なら辛くても
走り続けて見るがいい
長く険しい道の果てには
輝く何かがある筈さ」

 ここまでの30年間、競輪という「長く険しい道」を歩んできた佐藤慎太郎。彼がこれからつかむ「輝く何か」とはどんなものなのだろうか。本人はもちろん、多くのファンがそれを楽しみにしているに違いない。

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【Profile】
佐藤慎太郎(さとう・しんたろう)
1976年11月7日生まれ、福島県出身。自転車競技の名門・学校法人石川高校で競技を始め、チームパシュート3位の実績を残す。卒業後に日本競輪学校(現日本競輪選手養成所)に入学し、1996年8月にデビュー。1999年にS級に昇級し、2003年には全日本選抜競輪でGⅠ初優勝を果たす。2003年から4年連続でKEIRINグランプリに出場するも2008年に大ケガを負い、以降、不本意な時期を送る。2019年、13年ぶりにKEIRINグランプリに出場すると、初の栄冠を手にする。そこから5年連続でKEIRINグランプリの舞台に立ち、ファンから絶大な支持を得る。2025年からはS級1班として奮闘中。生涯獲得賞金は17億円を超える。

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