江村美咲「フェンシングを辞めたい」 相談を受けた母が返した言葉に「それは耐えられない」と踏みとどまった (3ページ目)
【世界でも戦えるかもしれない】
── 敗北感が原動力になり、自分が負けず嫌いだと再確認した出来事だったのですね。
「彼女たちに徐々に勝てるようになったのが、中学3年の終わり頃でした。その頃、初めて欧州カデサーキット(17歳以下の国際大会)で金メダルを獲ることができたんです。その成功体験は大きかったですね。
それまでは、日本の女子サーブルは歴史も浅くて、日本人が世界で勝つイメージが、自分のなかにどこかありませんでした。ヨーロッパの選手はすごく強いし、『優勝は難しいんだろうな』という気持ちがあったんです。でも、一度勝てたことで、『もしかしたら、世界でも戦えるかもしれない』と思い始めました。そこから本格的に、メダルを狙うようになりました。
シニアの先輩に勝ちたいと思ったり、タイミングに恵まれて常に追う相手がいたりしました。目の前の勝てない相手に勝ちたい──。その思いを一つひとつ積み重ねていったら、気づいたらここまで来ていた、という感じですね」
(つづく/文中敬称略)
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【profile】
江村美咲(えむら・みさき)
1998年11月20日生まれ、大分県大分市出身。170cm。女子サーブル。ソウル五輪フルーレ代表の父と世界選手権エペ代表の母のもと、幼少期に競技を開始。大原学園高(JOCエリートアカデミー)時代から頭角を現し、中央大学進学後も実績を積んだ。2021年4月、日本フェンシング界初のプロ選手として活動を開始。世界選手権個人戦2連覇や、2024年パリオリンピックでの日本選手団旗手、団体銅メダル獲得など歴史的快挙を達成。抜群のスピードと果敢なアタックを武器に、日本フェンシング界を牽引している。
著者プロフィール
了戒美子 (りょうかい・よしこ)
1975年生まれ、埼玉県出身。2001年サッカー取材を開始し、サッカーW杯は南アフリカ大会から、夏季五輪は北京大会から現地取材。現在はドイツを拠点に、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材中。著書『内田篤人 悲痛と希望の3144日』(講談社)。
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