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【平成の名力士列伝:把瑠都】28歳で土俵を後にしたエストニア出身の「未完の大器」 大関まで上り詰めた実力と引退後の活躍につながるバイタリティ (2ページ目)

  • 荒井太郎●取材・文 text by Arai Taro

【実力とケガと、明るいキャラと】

 度重なる左膝のケガが教訓となり、後ろに体を反っては投げる悪い癖は影を潜め、腰を下ろして前傾姿勢で前に攻める基本に忠実な相撲が目立ち始め、平成20(2008)年9月場所で新小結に昇進すると、翌11月場所には新関脇の座も射止めた。

 素早い巻き替えや絶妙なタイミングで体を開いた投げ、内無双を繰り出すこともあった。巨体に似合わず器用な面も持ち、眠っていた相撲センスが花開くと大きなチャンスも手繰り寄せることになる。

 平成22(2010)年1月場所7日目は12度目の挑戦にして初めて白鵬を撃破。把瑠都にとっては横綱17戦目にして初白星に「2年かかりました。頭の中は空っぽ。今でも緊張でドキドキしている」と取組後の支度部屋でも興奮を抑えられなかった。

 この場所は3大関も撃破して12勝。翌3月場所は14勝をマークし、大関昇進も決めた。賜盃は全勝の白鵬に渡ったが「次は優勝を目指して頑張りたい」と25歳になった"怪物"は大きな自信もつけ、遅まきながらそう言いきった。

 大関昇進後はほぼコンスタントに2ケタ勝ち星を挙げるも、終盤で大きく崩れるパターンを繰り返し、潜在能力からすれば、どこか物足りない印象は否めなかった。

「自分でもそろそろだと思っている」と場所前に語っていた大関10場所目の平成24(2012)年1月場所は、13日目まで勝ちっぱなしとすると2敗で追っていた白鵬がこの日敗れ、悲願の初優勝は意外にもあっけなく決まった。普段は陽気でお茶目な男も支度部屋では目を潤ませ「夢みたい。人間やればできるんですね」と"怪物"らしからぬ言葉を紡ぎ、暫し感慨に浸った。

 綱取りに挑んだ翌3月場所は10勝に終わると、同年9月場所は右足親指骨折により休場。翌11月場所も左足の大腿二頭筋挫傷に見舞われ、2場所連続休場により在位15場所で大関の座を明け渡した。その後も古傷の左膝を痛めるなど不調が続き、十両落ちとなったところで引退を決意。

「悲しいけど、ケガが治らないから土俵に立つことができない」と"エストニアの怪物"は28歳の若さで未完のまま、土俵を去った。

 明るい性格でサービス精神も旺盛。気の利いたコメントでしばしば周囲を笑いの渦に巻き込んだ。ある対戦力士は土俵下控えで目が合うと、ウインクされて気合いが抜けそうになったという。土俵内外で規格に収まらなかった根っからの"陽キャラ男"は、引退後もそのスケールの大きさを生かし、格闘家、タレント、経営者、政治家など幅広い分野で活躍している。

【Profile】
把瑠都凱斗(ばると・かいと)/昭和59(1984)年11月5日生まれ、エストニア・ラクヴェレ出身/本名:カイド・ホーヴェルソン/所属:三保ヶ関部屋→尾上部屋/初土俵:平成16(2004)年5月場所/引退場所:平成25(2013)年9月場所/最高位:大関

著者プロフィール

  • 荒井太郎

    荒井太郎 (あらい・たろう)

    1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業。相撲ジャーナリストとして専門誌に取材執筆、連載も持つ。テレビ、ラジオ出演、コメント提供多数。『大相撲事件史』『大相撲あるある』『知れば知るほど大相撲』(舞の海氏との共著)、近著に横綱稀勢の里を描いた『愚直』など著書多数。相撲に関する書籍や番組の企画、監修なども手掛ける。早稲田大学エクステンションセンター講師、ヤフー大相撲公式コメンテーター。

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