オリンピック史研究の第一人者・來田享子の指摘 大会の意義を総括しないメディアの責任と東京五輪後に見え始めたアスリートの変化 (2ページ目)

  • 西村 章●取材・文 text by Nishimura Akira

【議論する組織がない】

――東京大会では批評的な議論ができかけていた、というお話でしたが、その東京大会でも競技が始まると、結局はいつものようなメダル報道と「感動をありがとう」という類型的な物語へ収束していったように見えました。

來田:たしかにそう思います。そうなってしまった原因のひとつは、議論をするための組織がうまく機能しなかったからでしょう。お金に関する不正問題は暫定的な組織で議論したけれども、オリンピックそのものについてきちっと振り返って検証し、税金に見合ったものができたのか、何が残されたのかということを議論する組織がなければ、それは何もできませんよね。東京都議会で多少は議論されたと思いますけれども、どうしても視点が不正問題にいってしまって、大会の意義は何だったのかという確認や議論はそのまま置き去りになったような恰好です。

――組織委員会も1年後に解散し、「レガシー(遺産)」という言葉だけがひとり歩きして、何が何だかわからないまま現在に至っている印象があるのですが、東京オリンピックのレガシーというものが、もしあったとすれば、それはいったい何だったのでしょうか。

來田:私は歴史研究者なので、長い時間軸で評価をしなければならないのですが、あえていま言えば、ひとつは、アスリートたち自身が社会とつながることの必要性を少しずつ意識し始めている、ということです。これは大きかったと私は思います。

 オリンピックをやるべきなのかどうかとあれだけ批判されて、「自分たちはそこで走っていいんだろうか、投げていいんだろうか」と思い悩む経験があったからこそ、アスリートたちは「社会と切り離して競技だけやっていればいいわけじゃない」という思いに至りました。また、スポンサーの側でもそういう意識を持っている人でなければ協力し応援をする意義がない、と捉えるようになっています。

 ただ、その変化はあまり報じられていないようにも思います。だから私はJOC(日本オリンピック委員会)での活動などでは「それが市民の皆さんにしっかり伝わって理解されなければ、オリンピックムーブメントの意義は十分に伝わらない」と指摘もしているのですが、なかなかそういう形にはなっていっていません。

 もうひとつレガシーがあるとすれば、私は2025年の世界陸上東京大会の組織委員会にも関わっているのですが、不正が起きない仕組みやガバナンスの透明性について相当に強い意識が定着しています。これは東京オリンピックの教訓がなければ、このような運営にはなっていなかったと思います。

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