2020.02.15

松村千秋が語る中部電力カーリング部
「私の話をもう少し聞いてほしい」

  • 竹田聡一郎●取材・構成 text by Takeda Soichiro
  • 藤巻 剛●撮影 photo by Fujimaki Goh

――清水さんが後進にポジションを譲って、それが、新たなチームを作っていくうえでは、大きかったわけですね。

「その翌シーズンから、5ロックルール(※1)が採用されることが決まるなど、いろいろな意味でバタバタしていましたけど、(2017-2018シーズンの当初は)今の4人でベスト布陣を探ったり、あらためてチーム内の役割を確認したりする作業がたくさんありました。彼女の決断によって、それらのことに(チームとして)早くから取りかかることができました。また、そんなバタバタとした状況のなかで、(平昌五輪出場を逃した)悔しさも紛れたのかもしれません。その後も、彼女がチームをうまくサポートしてくれて、私だけでなく、チームみんなが救われたと思います」
※1=各エンド、両チームのリードが放った計4投について、その石がハウス内に入っていない場合、プレーエリアから出してはいけないルールがあるが、それが1投増えた新ルール。つまり、先攻チームのセカンドの1投目まで、ハウス外の石のテイクが禁止に。

――清水マネジャーが抜けた2018年の日本選手権は、リードが石郷岡葉純選手、セカンドが中嶋選手、サードが北澤育恵選手、そしてスキップが松村選手という布陣で3位でした。昨年の日本選手権では、リードが石郷岡選手、セカンドの中嶋選手がスキップで、サードが松村選手、フォースが北澤選手という布陣に変わって優勝。そうしたポジションの変遷について教えてください。

「平昌五輪のトライアルも、そのシーズンの日本選手権も、私がスキップをやっていたのですが、その間もずっと『いつか、べぇちゃん(北澤)をフォースに』という構想はあったんです。彼女は、デリバリー技術はもちろんですけど、とくにメンタルがフォース向きなんです。プレッシャーを感じている姿を見たことがありませんし、サードをやっていた時期もずっと安定していたので、『このままフォースになっても大丈夫だろうな』と思って、(2018-2019シーズンに入って)すぐに変更しました」