2019.05.04

2002年の冬季五輪、清水宏保の銀メダルは
金メダル以上の価値があった

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama
  • Toshimi photo by AFP/AFLO

「何度も『今シーズンはダメだな』と思ったこともあったけど、途中で投げ出さなかったことはすごく評価できると思います。腰を痛めた当初は1カ月くらい休めばどうにかなる状態でしたが、その後に再発して......。五輪イヤーということでかなり無理があるトレーニング計画でやっていたし、選考会もあったのでちょっと無理をしなくてはいけなかった。

 だから、ケガをしてからは『自分を保っていかなければいけない』とすごく緊張していました。『金メダルを獲らなきゃいけない。獲りたい』と思っていたし、応援してくれている人たちの期待に応えるために頑張りたい気持ちもすごく強かったです」

 シーズン中は、練習だけでなく「朝起きた時も、ため息の連続だった」という。腰を曲げることができないため、立ったままズボンや靴下を片手でぶら下げるように持ち、何とか足を通すようにして履いていた。そのたびに「ハー、もう駄目だ」と思いながらも、何とか耐えて五輪本番に臨んだ。

「正直、精神を保つのがやっとだったので、銀メダルが決まった時はホッとしたというか、すごく気が抜けました。銀メダルが獲れたということに対してではなく、とりあえず無事に自分をここまで持ってこられて、無事に滑り終えたことに対しての安堵でしたね。腰がまた再起不能になるくらいに壊れなかったので、安心しました」

 注射だけでは痛みが引かず、清水は痛み止めの薬をレース当日の朝に1錠、さらにレースの2時間前にもう1錠飲んでいたという。そんな状態で獲得した優勝に限りなく近い銀メダルは、観ていた者にとって、長野五輪の金メダル以上に価値のあるものだった。

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