【体操】内村航平「神様がボクに試練を与えてくれた」 (3ページ目)

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by JMPA

「演技を自分の型にはめようとしすぎていたところがあったと思う。『いい演技をしよう』と思いすぎていたのかも」

 いつもなら何も考えなくても、自分の感覚と演技の内容は、自然と調和していた。だが今回は、最初に『ずれ』を感じたときからずっと、「合わせよう、合わせよう」と修正を続けていたのだ。

「冷静に考えてみれば、今まで自分が積み上げてきたものを見せてやろうという気持ちが強すぎたのかもしれない。いつもどおりにやればよかったのに……。五輪という舞台が、それ以上のものを見せようという気持ちにさせた。やっぱり五輪には『魔物』がいたんですね」

 内村は苦笑いを浮かべながら、五輪に潜む魔物の存在を語った。

        

 男子個人総合、決戦前夜――。

 内村は、森泉貴博コーチから「平行棒と鉄棒でDスコアを落とさないか」と提案された。内村の不安定な状態を見て、金メダルを確実にモノにするなら、安全策を取ったほうがいいと判断したからだ。

 どんなときでも構成を変えず、自分の体操をやり続けてきたことに自負を持つ内村は躊躇(ちゅうちょ)した。だが、試合当日の朝、ケガのために翌日帰国する予定になっていた山室の寝姿を見て、「勝負だけにこだわってもいいかもしれない」と思い、難度を落とすことを決意。ケガで戦いの場に立てない彼の無念さを思ったのだ。

 そして16時30分、演技開始――。

 金メダルを獲るために、内村が最も注意を払ったのは、スタートのあん馬だった。ほんの些細なミスでも落下することがある難しい種目。しかも2日前の団体決勝では、大失敗を犯している。

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