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井上尚弥戦も控える中谷潤人は「KOにこだわるアーティストになりたい」 ティム・ウィザスプーンと過ごしたフィラデルフィアで抱いた決意 (3ページ目)

  • 林壮一●取材・文・撮影 text & photo by Soichi Hayashi Sr.

【フィラデルフィアの5日間で感じたこと】

 早いもので、あの旅から1カ月が過ぎようとしている。中谷に、あらためてフィラデルフィアでの5日間を振り返ってもらった。

「ティムの人生経験を聞かせてもらって、それを自分の今後にも役立てていきたいな、と感じています。ディフェンスへの意識は、当然のように高くなりました。足の位置や肩の使い方など、何点かの助言はトライしています。『ボクシングは打たせちゃダメだ』という言葉が、耳に残っていますね。彼との出会いを、力に変えなければ。

 フィラデルフィアは、あの階段やイタリアンマーケットなど、映画『ロッキー』で見た情景が、そのまま残っていて趣がありました。自然と歴史を感じる街ですね」

 ロッキーが駆け上ったフィラデルフィア美術館前の階段には、毎年、世界中から400万人ほどの観光客が訪れる。そして、マーケット通りの5番街と6番街の間に飾られている「自由の鐘」も、年間100万人以上が訪問する。滞在中の3日目、中谷も10分ほど列に並び、手の届く距離で実際に鐘を目にした。

ヒビが入った「自由の鐘」の前でヒビが入った「自由の鐘」の前でこの記事に関連する写真を見る

「ここからアメリカがスタートしたんだと、あの罅(ひび)が長い年月を訴えかけてくるかのようでした。15の頃からアメリカに触れ、プロボクサーとしての基礎だけでなく"今"を作った僕が、合衆国の第一歩という場所に立ててよかったな、と素直に感じました」

 自由の鐘には、「国中に住むすべての人々に、自由を宣言せよ」なる言葉が刻まれている。奴隷制度廃止を求める者、女性の参政権を主張した者、そして公民権運動の指導者たちは、この一文から活力を得た。

 1753年に造られた折には、「州議事堂の鐘」と呼ばれていた。1846年に罅(ひび)が入ったことで、独立記念館の集会室に展示される。同集会室は、1776年7月4日にイギリスからの独立が宣言され、その4日後に、公の場で初めて独立宣言が読み上げられた場所だ。この時、鐘が高らかに鳴らされたという説と、そんな証拠はないと対立する意見がある。やがて、鐘には2つ目の亀裂が入る。40箇所以上にドリルで穴を開け、修繕を試みるが失敗に終わった。とはいえ、その壊れ方が現在、鐘のシンボルとなっている。

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