井上尚弥「誰も辿り着けない領域へ」 決戦を前に、あくなきボクシングへの探求心 (4ページ目)
【「あと2年延ばしていいですか?」】
かつて彼は言った。
「完璧な調整をして負けたとしたら、『相手が強かった』って納得できる。でも、負けませんけど」と。
そしていま、彼は言う。
「たとえ、試合で今日のスパーみたいな出来だったとしても、それでも勝たなければいけない」と。
勝負師としての意地と矜持は一切ブレることがない。そして、「誰も辿り着けない領域まで行きたい」と宣言する。
アジア初の世界王座4団体統一。世界戦20連勝、世界戦通算18KOはいずれも国内記録。試合をすれば、なんらかの記録が付いてくるという状態で、すでに日本人選手前人未踏の地を歩んでいるが、「それはあくまでも付いてきた結果」と受け流し、「まだまだこれからですよ」と、さも当然のように微笑む。
では、彼は何を求めているのか。
「パワー、スピード、テクニック。全体的なレベルを0.1ずつ上げていくことです」
かつての自分は本能と勢いで戦っていて、「練習したことが咄嗟に出る」ボクシングだったが、現在は「こうやりたい、ああやりたいとリング上で考えているとおりに動けるようになった」という。そのきっかけは、ノニト・ドネア(フィリピン)とのWBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)決勝(2019年11月7日)を経て。聖地ラスベガスに初登場となったジェイソン・マロニー(オーストラリア)との試合(2020年10月31日)からだという。
その状態を彼は「試合が立体的に見えるようになった。試合中に見えているものがちょっと変わってきた」と表現した。
以前は向かい合う者と共有する狭い領域を集中して見ていたが、全体像はおろか、その奥行きや、場合によっては自分を含めた両選手の位置取りを "俯瞰"できるようになった......ということかもしれない。
「だから、試合をするのが一段とおもしろくなりました」と嬉々として語る。
「ボクシングは35歳まで」と長らく言い続けてきた。けれど、大橋秀行会長はこう明かす。
「この前、尚弥から言ってきたんです。『会長、現役を続けるのをあと2年延ばしてもいいですか?』って」
まだまだボクシングを堪能したい、し足りない。あと5年ではなく7年あれば、さらなる何かを掴める手応えを得た──そんな心境なのかもしれない。
「これだけのことをやってきて、それでもいまだにそんな心持ちでいられる。それこそ、誰も届かない境地ですよ」
うれしい悲鳴を上げながら、大橋会長は、またもや舌を巻かされたのだと身震いしてみせた。
純粋なる自然体で育まれる探求心。それが、井上尚弥が四半世紀続けてきた、いまだ継続し続ける「現在地」なのである。
著者プロフィール
本間 暁 (ほんま・あきら)
1972年、埼玉県生まれ。専門誌『ワールド・ボクシング』、『ボクシング・マガジン』編集記者を経て、2022年からフリーランスのボクシング記者。WEBマガジン『THE BOXERS』、『ボクシング・ビート』誌、『ボクシング・マガジン特別号』等に寄稿。note『闘辞苑TOUJIEN』運営。
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