2019.08.09

古賀稔彦は絶体絶命から勝ち取った!
バルセロナ五輪金メダルの凄み

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Koji Aoki/AFLO SPORT

 決勝は、前年世界選手権3位の鄭勲(韓国)を4分54秒に体落としで破って勝ち上がってきたハイトシュ・ベルタラン(ハンガリー)が相手。古賀は技を繰り出しながらもなかなか決めきれなかったが、相手の攻めもしっかりとしのぐ展開。結局、時間切れで旗判定にもつれ込んだ。終了の瞬間に古賀は右手で小さくガッツポーズをし、相手のハイトシュも両手でガッツポーズをするきわどい戦いだったが、結果は3対0で古賀の勝利だった。

 赤い旗3本が上がったのを確認した瞬間に、両こぶしを握り締めて喜びを表現した古賀は、畳を降りると、心配そうに見守っていた吉田と涙を流しながら抱き合った。吉田は後に「あの時は本当にうれしくて、自分の優勝以上に涙が出た。決勝は、お守りを握り締めて祈っていました」と振り返った。

 試合後の取材で古賀は、「ケガをしていてもなんとか勝つ方法はないかと、先生方と相談しました。こういう状態では妥協は許されないし、絶対にあきらめないようにしよう、という気持ちを自分と相手にぶつけたかった。決勝は正直言って分が悪いと思ったけれども、審判を見ると自分の気持ちが通じているように感じたので、願うような思いで判定を待っていました」と話した。

 奇跡のような優勝でもあった。だがそれは、「古賀先輩が優勝しなければ、僕の金メダルは半分でしかない」と話した後輩の吉田を思いやる古賀の気持ちと、世界選手権連覇の誇りがもたらした結果だ。さらに言えば、柔道で金4個だった84年ロサンゼルス五輪の再現を期待された88年ソウル五輪で、金メダル0で出番を迎えてプレッシャーに押しつぶされ、3回戦で敗退してしまった屈辱を晴らしたい、という強い気持ちがあったからこそだった。

 バルセロナ五輪の日本の金メダルは柔道の2個と競泳女子200m平泳ぎ・岩崎恭子の3個のみ。ソウル五輪の金4個を下回ったが、古賀の獲得した金メダルは、多くの人がその価値の凄味に感動するものだったと言えるだろう。

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