伊調馨は気持ちで負けた。「相手との感覚が掴めない。だから、怖い」 (3ページ目)

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

「リオまでだったら、伊調には精神論なんて関係なかった。でも、追い上げられた今は違います。年齢とともに、体力、スピード、パワー、瞬発力、回復力......いろんな点が衰えてきた。それはどうしようもない。

 ベテランはそれを『経験』という財産で補っていくわけですが、馨には2年間もブランクがある。そこでもっとも大きく失ったものは感覚でしょう。相手との感覚が掴めないから、読めない、わからない......だから、怖い。伊調ほどの選手でも、怖いんです。だからこそ、勇気を持って攻めないと」

「超高速タックル」を武器とした吉田沙保里との比較から、伊調はディフェンスが強く、カウンターレスリングを得意とする選手とイメージされがちだ。だが、大橋監督は否定する。

「鍛え抜かれた体幹、並外れたバランス感覚、足腰の強さ、股関節の柔らかさに支えられた鉄壁のディフェンス力......それらがあったから、どんどん攻めることができた。絶対にポイントを獲られない自信があったから、攻撃のバリエーションを増やすことができた。

 そうやって勇気を持って攻めてきたからこそ、オリンピック4連覇を成し遂げることができたのです。馨は、カウンター狙いで相手の攻めを待つ選手ではありません。そのことを、思い出してほしい」

 プレーオフまで残された時間は、そう長くない。伊調は今回の反省をどう生かすのか。

 2004年のアネテオリンピック前、姉の伊調千春もプレーオフを経験している。その当時を思い出しながら、妹にむけてメッセージを送った。

「(坂本)真喜子とのプレーオフ。あの時は50日も間があってつらかったですけど、常に馨が側にいてくれた。何か言ってくれるわけじゃなく、ただ黙って練習に付き合ってくれた。それで自分は救われたし、『勝ち負けでなく、やってきたことをすべて出し尽くそう』と思えた。

 今、妹になんて言っていいかわからないけど、馨はすべてわかっていると思います。勝負の世界は本当に厳しい。『趣味でやればいいじゃないか』と思うこともありますが、今の目標を成し遂げるまで、馨はレスリングをやめないでしょう。それなら、『ありがとう』と言えるように、プレーオフは戦ってもらいたい」

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