2018.09.19

ゴロフキン落城で迫られた方向転換。
村田諒太は次戦で劇的KOが必要

  • 杉浦大介●文 text by Sugiura Daisuke
  • photo by Yamaguchi Hiroaki/AFLO

“日本ボクシング史上空前の一戦”の実現は難しくなってしまった。

 9月15日、ラスベガスのT-モバイルアリーナで行なわれたWBA、WBC世界ミドル級タイトル戦で、王者ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)が、挑戦者サウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)に0-2の際どい判定負け。36歳のゴロフキンは初黒星(38勝34KO1敗1分)を喫し、2010年8月から保持していた世界タイトルを失った。ゴロフキンと来春の対戦を計画していたWBA同級正規王者・村田諒太(帝拳ジム)も、ここで軌道修正を迫られることになったのである。

8月30日に次戦に向けた記者会見を行なった村田 当初は荒唐無稽に思えたビッグファイトは手の届くところにあった。ゴロフキンvs村田戦は資金をはじめとする諸条件をすでにクリアしており、交渉が成立する可能性は低くないと目されていた。

「今夜、ゴロフキンが勝てば、村田と来春に東京ドームで対戦する話を進めることになる。(アメリカの)土曜の夜に合わせ、日本時間で日曜の朝の開催だ。ゴロフキンは東京に行くことを望んでいるんだ」

 ゴロフキンvsカネロ戦の前、村田の米国内でのプロモート権を持つトップランク社のプロモーター、ボブ・アラム氏はそう述べていた。開催地が東京ドームとなれば、マイク・タイソンがジェームズ・”バスター”・ダグラスに敗れた1990年以来のボクシング興行になる。プロ、アマの両方で王者になった村田がミドル級の帝王に挑むとなれば、業界の範疇を超えた特大イベントになっていたことだろう。ところが――。

 ゴロフキンの苦杯という誤算が生じ、夢のプランは予想外の形で頓挫。帝拳ジムの本田明彦会長は、将来的に別の形で村田vsゴロフキンを開催する可能性は否定しなかったものの、当面の対戦は立ち消えになったことを認めていた。実現すれば世界中のボクシングファンの視線が日本に集中していただろうだけに、やはり残念に思える。

「(今後の標的は)カネロ戦になるよね。カネロの相手として選ばれるようにどうしていくか。それしかない」

 本田会長のそんな言葉どおり、村田サイドは目標をカネロとの対戦に切り替え、アメリカでのビッグファイト開催を目指していくという。