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【男子バレー】熱きトップブロッカー、西本圭吾が「夢だった」故郷の新天地で早くも躍動 (2ページ目)

  • 田中夕子●取材・文 text by Tanaka Yuko

【ミドルながら、レシーブに意識的に取り組んできた】

 だが、打ち込まれたボールを何度も上げてみせた。狙い通り、とばかりに西本は言う。

「代表でもミドルがレシーブをするのは当たり前。重要なことと言われ続けてきたので、そこは意識的に取り組んできたつもりです。まだまだですけど、自分のなかではひとつ、武器にできるところも増えたのかな、という感覚はあります」

 西本のレシーブ力の向上を証言する者もいる。

実はこの一戦はセットカウント1−1で競り合い、STINGS愛知のリードで第3セットの終盤を迎えた。だが広島THのアウトサイドヒッター、新井雄大がバックセンターで必死につないだ1本のレシーブが、彼らの逆転勝利の契機になった。その場面について、新井本人とセッターの永露元稀に質問が投げかけられると、永露は「いいレシーブに何度も助けられた」と言い、隣に座る西本を見ながらニヤリと笑った。

「西本がレシーブを、よく上げてくれたんで。ありがたかったです」

 1998年生まれの27歳の西本は、高校の春高(全日本高校選手権)やインターハイとは無縁だった。「福山平成(大学)に進んで、あの(準優勝した)全カレがなければ、Vリーグに入ることなんてできなかった」と本人は振り返る。それは決して、大げさではない。

 同期には、新井や宮浦健人(ウルフドッグス名古屋)といった世代を代表するアタッカーや、駿台学園高で高校バレー三冠を成し遂げた坂下純也(広島TH)や村山豪(東京グレートベアーズ)など、学生時代の輝かしい戦績を誇る選手が多い。「完全に遅咲き」と自負する西本が日本代表に選出され、SVリーグ初年度に並み居る猛者を差し置いて、トップブロッカー賞を受賞するまでの選手になった源には、反骨心がある。

 そもそも中学までは野球部に所属し、バレーボールを始めたのは高校に入ってから。「できない」経験が西本を強くした。

「高校でも大学でも、周りが簡単にできることが自分にはできない。毎回、そこで悔しいわけですよ。だから、絶対できるようになりたいと思って練習するし、周りの選手を超えてやろうと思う。それは(プロになった前所属先の)東レ(アローズ静岡)でも同じ。僕にはいつも、身近にどでかい壁になってくれる存在がいるから、成長してこられたんだと思います」

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