ジョコビッチが偉業達成。全コート対応の要塞型が不可能を可能にした

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

「まるで、ローラーコースターのような道のりだった」

 センターコートの表彰台でマイクに向かい、彼が言うと、満員の客席から共感の熱がこもる笑い声が一斉にあふれた。スタジアムの向こうには、地元の人々が愛するアミューズメントパーク『キングスアイランド』の、世界最古ともいわれる木造ローラーコースターの威容がそびえる。巨大なレールを登っては急降下するその姿に、彼は自らの歩みを重ねていた。

ノバク・ジョコビッチは珍しくコートで感情を爆発させたノバク・ジョコビッチは珍しくコートで感情を爆発させた シンシナティ・マスターズの優勝――。それはグランドスラム4大会すべてを制し、「ATPマスターズ1000」では通算30のタイトルを手にしていたノバク・ジョコビッチ(セルビア)が、6度目の挑戦で初めて掴んだ同大会のタイトルである。そして、「マスターズ9大会すべてを制した史上初の選手」という輝かしい肩書を、彼に与えるものであった。

 ジョコビッチが「ローラーコースター」と形容したのは、ひとつは今大会での勝ち上がりだ。初戦は終盤に相手の反撃を許し、2回戦では体調不良のなか、苦しい戦いを強いられた。

 安定感を欠いたプレーの最大の原因は、改善途中のサーブにあるという。今年2月にひじを手術して以来、ジョコビッチは患部への負荷を減らすべく、サーブの打ち方の変革に取り組んできた。目指すフォームはいまだ手探りのなかにあり、「いい日もあれば、悪い日もある。重要な局面でスピードが上がらなかったり、ダブルフォルトを犯してしまうこともある」状態だ。

 それでもいつか、かつての感触が戻ることを信じ、彼は試行錯誤を繰り返す。今大会でも試合を重ねるごとに精度を上げ、決勝ではセカンドサーブでも78%の高いポイント獲得率を誇った。

 もうひとつ、彼が「ローラーコースター」の言葉に込めたのは、約10年に及ぶシンシナティタイトル挑戦への旅路である。初めて決勝に進出したのは2008年。そのときは両セットともタイブレークの末、同期のアンディ・マリー(イギリス)に敗れた。

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