【テニス】「一番良い年だった」と胸を張った錦織圭の真意 (3ページ目)

  • 内田暁●文 text by Uchida Akatsuki photo by AFLO

 錦織に近い関係者のひとりは、ランキング上位への挑戦を登山に例え、「ベースキャンプを築き、上にアタックしていけばよい」と言っていた。来年のその登頂に備え、現在の錦織は、信頼できるスタッフで周囲を固め、戦略を練っているところでもある。

 そしてこのオフ、錦織は真の頂点を狙うに不可欠な、「最後のピース」を新たにチームに加えた。それが、新コーチのマイケル・チャン。1989年に17歳で全仏オープンを制し、ツアー通算34勝をあげた往年の名プレイヤーである。

 錦織圭とマイケル・チャン――。この両雄の組み合わせで思い出されるのは、2年前、チャリティイベントのために来日したチャンが、錦織に授けた言葉である。

 その年の終盤、錦織は当時世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)を破り、憧れの存在であるロジャー・フェデラー(スイス)と決勝で戦うなど、快進撃を見せていた。だが、日の出の勢いの若者に向かって、チャンは静かながらも厳しい口調で、こう諭した。

 「君は、フェデラーと対戦するに際し、あるミスを犯した。それは、フェデラーのことを、『尊敬している』と言ってしまったことだ」と。

 どんなに偉大な選手だろうと、いかに憧れた人物だろうと、コートに立てば倒すべき相手に過ぎない――。チャンが錦織に伝えたのは、厳しくも現実的な、勝負の世界の道理。その道理を実践し、世界の頂点に立った人物の言葉は、同じ高みを目指す錦織の本能に激しく共鳴したのだろう。今季の中盤から終盤にかけて、トップ10のプレッシャーという得体の知れぬ敵に飲まれた錦織にとって、同じ恐怖と戦い、それを御した先達の存在は、未踏の闇を照らす光となるはずだ。

「一番良い年」との本人評価は、あくまで、「これまでで」という区分内での話である。「大きなケガがなかった」事実も、「ランキングを上げる」ことを見据えた上での収穫に過ぎない。錦織圭の目は、前のみを見据えている。覚悟と向上心を推力とした「ツアー=旅」は、新たな道へと続いていく。

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