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【F1】中嶋悟は34歳で夢を叶えた 雨の激走で「日本人ドライバーも捨てたもんじゃない」とリスペクトされる存在に (4ページ目)

  • 米家峰起●取材・文 text by Mineoki Yoneya

【中嶋だったからこそ今がある】

 今のようにF1に辿り着くまでデビューから10年もかからない時代であれば、中嶋のF1キャリアはもっと違ったものになっていたかもしれない。しかし、それだけのキャリアを積んできたからこそ、中嶋はF1という未知の世界に適応し、開発能力や基礎ドライビング能力を高く評価され、F1村でリスペクトされる存在になり得たのだとも言える。

 日本人ドライバーも捨てたもんじゃない──。

 F1界にそう知らしめたからこそ、中嶋に続く日本人F1ドライバーたちが続々と誕生し世界へと羽ばたいていった。

 中嶋が切り拓いたのはそんな歴史であり、中嶋が先駆者となったからこそ成し得たのだと思う。

 自らの意思で、1991年限りでF1から去った中嶋は現役も退き、その後はチーム運営者として幾多の若手を育ててきた。自らのチームで積極的に若手を起用するかたわら、鈴鹿レーシングスクールの校長を務め、スカラシップから漏れた角田裕毅を見出してF1へのチャンスを切り拓いたことでも知られる。

 中嶋だったからこそ日本人初のフルタイムF1ドライバーは誕生し、中嶋だったからこそ日本人F1ドライバーの歴史が築かれ、今という時代があるのだ。

(つづく)

◆【第2回】鈴木亜久里>>

著者プロフィール

  • 米家峰起

    米家峰起 (よねや・みねおき)

    F1解説者。 1981年1月31日生まれ、兵庫県出身。F1雑誌の編集者からフリーランスとなり2009年にF1全戦取材を開始、F1取材歴14年。各種媒体に執筆、フジテレビNEXTやYouTube『F1LIFE channel』での解説を務める。

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