2020.11.27

たぶんメッシよりすごかった。マラドーナにあった猛烈なエネルギー

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • photo by AP/AFLO

 1986年6月22日。メキシコシティのアステカスタジアムは11万5000人の観衆で埋まっていた。メキシコW杯準々決勝。開始前、正面スタンドを背にして右側の2階席に陣取るイングランドサポーターは、その1階席を埋めるアルゼンチンサポーターに、ビニール袋に詰めた小便を次々と投下した。

 ビールのアルコール分が大量に混じる尿ほど臭いものはない。その挑発に怒り心頭に発したアルゼンチンサポーターは、すかさず上階へと駆け上がっていく。1階席と2階席の間の踊り場では派手な乱闘騒ぎが繰り広げられていた。

 イングランドとアルゼンチンは当時、フォークランド(マルビナス)諸島を巡り対立する紛争国同士の関係にあった。メキシコW杯準々決勝は、その代理戦争でもあったのだ。両軍にとってこの試合こそ「絶対に負けられない戦い」だった。

 当時のイングランドサポーターは、まさしくフーリガンだった。いまとなっては見かけることが少なくなった、見るからに危なそうな喧嘩大好き野郎たちである。メキシコシティの6月は暑い。試合前、ビールを浴びるほど飲んでいたイングランドサポーターの中には酔い潰れ、試合が始まる頃には寝てしまっている輩も多くいた。

 後半6分は、そんなフーリガンたちが目を覚ました時間だった。ホルヘ・バルダーノとの間でかわしたワンツー崩れが、走り込んだディエゴ・マラドーナの頭上に落下してきた、その瞬間だった。"神の手ゴール"が決まったのは。

1982年スペイン大会から1994年アメリカ大会まで4回W杯に出場したディエゴ・マラドーナ 筆者が観戦していた場所は正面スタンド2階席の右側で、ゴールが決まった場所はいわゆる逆サイドだった。記者席にテレビモニターなどなかった時代である。距離にして70~80メートル先で何が起きたのか、はっきりとはわからなかった。

 11万5000人の大観衆の反応も様々だった。大喜びしている人もいれば、呆気にとられている人もいた。こちらは3分ほどの間、狐につままれたような状態でいた。

 もうひとつの事件は、そうこうしている間に勃発した。

 60メートル5人抜きゴールだ。後半9分。ゴールが決まると筆者は記者席を離れ、2階席最前列まで駆け下りて、欄干に手を掛けながら階下をのぞき込んでいた。そして気がつけば、右手の拳を上げガッツポーズをとっていた。