ファンは置き去り。アーセナルの大富豪オーナーの強欲さが無慈悲だ

  • ジェームス・モンタギュー●取材・文 text by James Montague 井川洋一●翻訳 translation by Yoichi Igawa

フットボール・オーナーズファイル(10)
スタン・クローンキー/アーセナル

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 ファンとオーナーの間で、成功の意味がこれほどまでに違うフットボールクラブも珍しい。マンチェスター・ユナイテッドもそうだが、その宿敵であるロンドンの名門アーセナルでも、そのギャップは甚だしい。ただし、両者のオーナーがどちらもアメリカ人ビジネスマンであることを考慮すれば、その状況が理解できるようになる。

今季はリーグで好調を維持するアーセナルだが...... photo by Getty Images今季はリーグで好調を維持するアーセナルだが...... photo by Getty Images 2007年からアーセナルの親会社の主要株主となり、2018年夏に全株式を手にしたのはスタン・クローンキーだ。現在71歳のアメリカ人ビリオネアは、不動産やスポーツ・フランチャイズのオーナーシップで財を成してきた。彼は自身が保持する"ガナーズ(アーセナルの愛称)"に満足している。なぜなら、そこには莫大な利益があるからだ。

 しかしピッチ上では長らく、プレミアリーグのタイトルから見放され、かつてアーセン・ベンゲル元監督のもとで無敗優勝を成し遂げ、"インビジブルズ"(無敵)と呼ばれた2000年代初頭のチームの面影はない。2010年代に獲得したタイトルは、3つのFAカップのみ。1部リーグ優勝回数はユナイテッド、リバプールに次ぐ13度を誇る首都の最有力クラブの現状は、わびしいものだ。多くのサポーターが納得せず、その一部が激怒する気持ちも理解できる。

 乖離はそこにある。アメリカのスポーツビジネスでは往々にして、成功とはトロフィーの数ではなく、利益の大きさで測られる。とくにクローンキーがこれまでにどうスポーツ・フランチャイズ事業を手がけてきたかを振り返れば、アーセナルファンを喜ばせることが第一義ではないのは明らかだ。

 これまで、この連載で紹介してきたビリオネアのオーナーと同様に、クローンキーも出自を自ら明かすようなことはしていない。限られた出典から我々が知りうるのは、彼が生まれながらの資産家ではないことだ。ミズーリ州の小さな集落、モラ(人口は30人弱とも)の慎ましい中流家庭に生を受け、父親が所有していた材木所での削りカスの掃除を手伝ったりしていた。その後、州最大のミズーリ大学に進学した。

 クローンキーは大学生の頃からビジネスの手腕を発揮し、開業した衣料品店の利益で授業料を賄っていたという。卒業後は不動産事業に進み、大型モールの建設に携わった。その頃にはすでにまとまった財産を築いていたが、スキー旅行で訪れたコロラド州アスペンで人生が大きく変わった。アン・ウォルトン──世界最大の小売業者『ウォルマート』の創始者サム・ウォルトンの姪で相続人のひとり──と出会い、2人は1974年に結婚したのだ。

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