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国立競技場が世界一のスタジアムである理由 神宮外苑地区の樹木伐採はその価値を貶める (3ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki

【自らの魅力や価値に気づくことができない】

 元日に天皇杯サッカー決勝が行なわれていた頃、スタンドには晴れ着姿の女性の姿が目立ったが、そうしたお正月のムードと決勝の舞台の雰囲気とがよくマッチした。国立競技場は"サッカーの聖地"と言われるが、精神性を少なからずくすぐられる場であることは確かなのである。

 世界各地のスタジアムを巡り歩いている間に、国立競技場の希少性に取り憑かれることになった筆者は、20数年前、近隣住民となった。絵画館前の周回コースを走ったり、歩いたりすることを以来、日課にしている渋谷区民である。神宮の杜の空気をたっぷり吸いながら毎日を暮らしている筆者にとって、先月28日から始まった樹木の伐採作業は、強い抵抗感を覚えずにはいられない、看破できない大事件に値する。

 伐採する本数を当初の予定である743本から124本減らして619本に見直した。また新たなスペースなどに1098本を新植する。環境に著しい影響を及ぼすとは認められない――東京都や事業者はそう言う。だが、世界に類を見ないスポーツパークとしての魅力は、これを機に大幅に減退する可能性がある。神宮球場、秩父宮ラグビー場を建て替えるうえで、樹木の大量伐採は避けて通れない話ではまったくない。一方で、その間隙を縫うように高層ビルが3棟建設される。

 外苑がまたがる港区民、新宿区民には住民説明会が行なわれた。住民の人数を制限したうえであるが、隣接する渋谷区民は対象外だった。無視されていた。これも看破できない点になる。

 自らの魅力や価値に気づくことができない日本人の悲しさを見る気がする。筆者にしても、気づくことができたのは数百もの世界のスタジアムを訪れることができたからだ。世界のスタジアムと比較して、初めて国立競技場の魅力、神宮の杜の希少性や世界的な価値を認識した。

 そうした意味ではサッカーに感謝しなくてはならないのだが、この感覚を他人と分かち合うことは簡単ではない。その貴重さを理解している人は、日本在住者のなかに少ない。国立競技場と関係の深い日本サッカー協会ぐらいは、樹木の伐採に反対の声明を出してもいいはずだが、逆に事業者である三井不動産と昨年10月、メジャーパートナー契約を締結してしまった。

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