2020.01.06

帝京長岡がサッカー後進県の名を返上。
新潟県民の悔しい思いを力にする

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki
  • 高橋 学●撮影 photo by Takahashi Manabu

 ついに新たな歴史の扉が開かれた。

 第98回全国高校サッカー選手権大会準々決勝で、新潟県代表の帝京長岡が宮城県代表の仙台育英を1-0で下し、準決勝進出。これは帝京長岡にとって2年連続7回目の出場にして初めての、と同時に、新潟県勢初のベスト4進出でもある。

 過去に2度、準々決勝敗退を味わっていた帝京長岡が、3度目の正直で乗り越えたベスト8の壁だった。キャプテンのMF谷内田(やちだ)哲平が語る。

「歴史を変えられたことを一番うれしく思う」

新潟県勢初の4強入りを決めた帝京長岡 新潟県勢にとっては、”マイルストーン”とも言える記念すべき試合は、非常に厳しいものだった。

 高い位置から激しくプレッシャーをかけてくる仙台育英によって、帝京長岡は持ち味であるパスワークを封じられ、なかなかリズムに乗れなかった。奪ったボールをシンプルに前線へ送ってくる仙台育英の攻撃にも手を焼いた。

 チームを率いる古沢徹監督は「苦しいゲーム展開だった」と言い、谷内田もまた、「試合内容はあまりよくなかった」と認める。

 しかし、だからこそ、試合開始からわずか30秒ほどで決まった、先制ゴールが大きかった。

 左サイドでスローインを受けたFW晴山岬が、胸トラップからドリブルで縦に持ち出し、ゴールラインぎりぎりからクロス。ところが、仙台育英ディフェンスはボールがゴールラインを割ったと判断し、足を止めてしまう。その瞬間のスキを見逃さなかった谷内田が、ゴール前へ走り込み、難なくワンタッチで仕留めた。

 結局、互いにそれほど多くの決定機を作れなかった試合は、”スミイチ”で決着。帝京長岡が虎の子の1点を守り切り、勝利を収めた。

 今大会4ゴールのエースストライカー、晴山が笑顔で語る。

「歴史を変えなきゃいけない使命感があったので、ホッとしている」

 今大会で98回目を数える選手権。その長い歴史のなかで、新潟県勢が初めてベスト8に名を連ねたのは第63回大会、すなわち、昭和59年(1984年)度のことである。