スペインの名伯楽の戦術講義。
「50cmいる場所が違うだけで差が出る」 (3ページ目)
今やそのエメリは、戦術家として世界的名声を得ている。
「最近、サッカーがロマン主義に流れていないか。そのことはひとつ、提起しておきたい。美しいフットボールとはなにか。ポゼッションが高いことなのか。縦パス1本でゴールを狙えるなら、それは最善の手段となる」
そう語るエチャリは、単純なパスサッカーの追求に疑問を呈している。
「プロは勝ち負けがつく。整理すべきは、失点しなかったら負けないということだ。一方、得点しても負けることはある。だったら、どうするべきか。まずは失点しない状態を整備するべきだろう」
90年代、2部にいたエイバルを率いたエチャリは、5バックを運用し、堅い守備で2シーズン連続の残留に成功している。
とはいえ、単にディフェンシブな考え方の持ち主ではない。選手の力量に合わせ、論理的に戦っているだけだ。その単純明快さに、エチャリの奥深さがある。
「日本でもそうだったが、『トランジション(攻守の切り替え)について聞きたい』という指導者は少なくない。しかし、トランジションという状態は存在しない。サッカーは自分たちがボールを持っているか、相手が持っているか。トランジションは切り替えの一瞬を指すが、そこに対して努力しても成果は出ない。必要なのは、攻めているときに守る準備をし、守っているときに攻める準備をすること。そのポジショニングを突き詰めるべきだ」
トランジションは現象としては存在するが、そこを突き詰めても正体は見えない、ということだろう。攻守一体。数的優位ではなく、ポジション的優位を取れるか。
「50cmいる場所が違うだけで、トランジションで差が出る」
エチャリはそう言う。その細部にこそ、監督の差は表れるのだ。
(つづく)
3 / 3