2016.06.10

【恩田社長の600日】ラモス、川口、三都主が岐阜にやってきた

  • 恩田聖敬●文 text by Onda Satoshi

FC岐阜・恩田社長の600日 ~Jリーグ地域クラブへの伝言~
 第3回 ぎふのお荷物から、希望の星となったFC岐阜

FC岐阜の後援会会員数を示すボード

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 FC岐阜も株式会社である以上、利益を上げなければいけないのは当然のことです。多くの地域クラブ同様に、FC岐阜は特定の親会社を持たないクラブです。そんなクラブの収入の大半を占めるのは、スポンサー企業や自治体からの広告料です。通常は何年もかけて地道に理解者を増やし、身の丈を伸ばしていきますが、FC岐阜は地域リーグから最速でJ2に駆け上がりました。その結果、支援体制を固めることなく、選手年俸などの事業規模だけが膨らみ、資金繰りに窮し、債務超過に陥り、何度となく会社存亡の危機にまで追い詰められます。

 その状況の中、救世主として現れたのが岐阜県出身の藤澤信義氏でした。ふるさと岐阜県への恩返しの思いから、2013年にはクラブに対して1億5000万円の寄付を行ない、2014年には2億4000万円の増資を引き受け、筆頭株主となります。しかし、藤澤にクラブを支配する意図はなく、自分の支援をきっかけにFC岐阜が岐阜県のクラブとして、独り立ちすることを望んでいました。金銭的支援にとどまらず、私を送り込んだのもその思いからでした。

 その藤澤が『FC岐阜』に支援を行なう際に、出した条件のひとつが、地元政界及び財界が「オールぎふ」で支えるということでした。自分の支援が一過性にならず、未来に向けてぎふが責任を持ってFC岐阜を支えることを要望したのです。