カズに次ぐ44歳のJ戦士・永井秀樹「国見高3年間の貯金がある」 (3ページ目)
練習は効率的ではなかった。しかしだからこそ、最大限まで戦闘力が高められたのかもしれない。効率性は非合理性に弱いのだ。
「社会に出ると、理論だけでは戦えないんですよ。何が起こってもおかしくない。だから、プロはメンタルが大事。ただ、自分の経験をそのまま若い選手に伝えても、今は通じない。やっぱり時代が違うからね。『根性』と言われても、10代の子たちは本当の意味で、それを理解できないと思う。夏の炎天下で意味もなくグラウンドを100周する、という経験はないわけですから」
永井秀樹(ながい・ひでき)。1971年1月26日生まれ。大分県出身。東京ヴェルディ所属のMF。国見高卒業後、国士舘大を経て、1992年にヴェルディ川崎に入団。1995年にJFLの福岡ブルックスに移籍すると、以来J1、J2、JFLの各クラブを渡り歩いてきた。そして2014年、古巣のヴェルディに4度目の復帰を果たした。 不条理な環境の中でも、彼はサッカーが大好きだった。Jリーグがないときから、マラドーナに憧れ、サッカー選手になることしか頭になかったという。小学校の頃、『おまえは上手いけど、チビだから無理だ』と言われるとスイッチが入った。“できるわけねぇだろ”と決めつけられると、むしろ燃えた。サッカーを究める、その思いは誰よりも深かった。それこそが、彼の異能なのかもしれない。
「サッカーが人よりも好き過ぎるんだろうね。その意味では“変人”ですよ(笑)。朝起きて練習に行きたくない、とか思ったことはないから。もちろん、サッカーをやめようと思ったこともない」
永井は、少年のように無邪気な顔をして言う。その生き方に狷介(けんかい)さは見えず、常に前向きであり続けてきた。
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