【育将・今西和男】久保竜彦「S級より、小学生にサッカーの楽しさを伝えたい」 (2ページ目)

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko
  • photo by Kyodo News

 当時、絶頂期にあったヴェルディ川崎や横浜マリノスを出し抜くかたちで、大木の入団が決まった。しかし、今西にはもうひとつの心配事があった。

「ボールを止めること、蹴ること、特にシュートの正確性は私が関わってきたサンフレッチェの中でも間違いなくトップクラス。しかし、久保と同様にコミュニケーションが苦手な子やったんです。大木は性格的に、大学という場所の空気に馴染めんかったんじゃろうね。向き合って話しとっても、すぐにうつむいて視線を外してしまうんで、ひと月に一度は必ず会って『大木くん、ちょっと上を向いてごらん。下を向いてたら、俺と話したくないように思われるぜ』って会話を重ねとったんですよ」

 一方、久保は遠くから見ているだけの存在であった大木の入団がうれしくて仕方がなかった。

「1回、練習を見ただけで『何じゃ!この人は!』って思って。自分の間で勝負出来るし、2トップでこれに付いて行ったら、めちゃくちゃ面白くなりそうやなって思ったんで、必死にそばに行って練習しましたね。2人1組の練習も初めてやのにべったり付いて行って『誰や、お前!』って言われるくらい一緒にいました。しかも寮の部屋も隣なんですよ。『うわっ、近い』って引いたけど、好きやったんで、ちょっと部屋に行ってみようと思って。そんで入っていって『ズボン下さい』とか言うて、もらったりしてました。ほんで話すようになってから『1日も(大学の)授業出んかったわ』とか言うてました」

「ミュージシャンズ・ミュージシャン」という言葉がある。素人は気づかなくても、同業の目は確かである。才能は才能を知る。大木のプレーが久保を魅了し、結果的に心を開かせたのである。そこに言葉は必要なかった。久保と大木はいつも一緒にいた。

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