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「ほんま、天才ですわ」 恩師が絶賛した平野佳寿の知られざる素顔 42歳までマウンドに立ち続けた男の原風景 (2ページ目)

  • 安倍昌彦●文 text by Masahiko Abe

 その屈託のない笑顔に、早くも器の大きさを感じたのを覚えている。

「こんな天気なんで、アップにちょっと時間をかけてもいいですか?」

「もちろんだよ!」と答えて、こちらも歩いたり、走ったり、体を伸ばしたり......。およそ1時間後、ブルペンで再会となった。

 立ち投げの段階から、ボールの軌道が美しい。ほぼミットを構えたポイントへ、きれいなバックスピンのかかったボールが糸を引くように飛んでくる。しなやかな腕の振り。そして、リリースポイントが立ち投げの段階からピタッと1カ所に定まっている。

「もうOKです! 座ってください!」

 これには驚いた。この寒さである。立ち投げにも十分な時間をかけ、慎重に進めたほうがいいのではないか。そう思っていた矢先のことだった。

「本当に大丈夫? もうちょっと肩、温めたほうがいいんじゃないの?」

「いや、もう全然投げられます! 自分、肩ができるのが早いんで!」

 今にして思えば、それこそが平野の「リリーフ適性」だったのかもしれない。

【高さがわかりにくい快速球】

「内でも外でもいいですから、低く構えてもらえますか?」

 リクエストどおり、打者の膝あたりの高さにミットを構える。すると、最初の1球から、いきなり低かった。これにも驚いた。指がかじかむほどの寒さだ。内心、制球が定まらず、ボールがすっぽ抜けることも警戒していた。ところが、とんでもない。しっかりと指にかかったストレートが、3球、4球と低めに続く。まるで地を這うような快速球だった。

 その「低め」が怖かった。

 球速は140キロ前後だっただろう。だが、打者の膝よりもさらに低いところへ向かってきたかと思うと、ホームベース上でホップするように伸びてくる。

「なんだ、このストレートは......」

 ボールの「高さ」が、よくわからないのだ。低めに来るのに、これほどまでの「伸び感」がある快速球。たしか、金光大阪高校時代の吉見一起(元中日)も、まさにこんな感じの見事なローボールを投げていた。

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