【プロ野球】「頼むと言われる限り、僕はマウンドに立つ」 シーズン81試合を投げた元西武・平井克典が最後まで貫いた生き方 (4ページ目)
チームが勝つ可能性を少しでも高めるため、誰よりも多くマウンドに上がった。「頼む」と言われれば、意気に感じて腕を振った。
「監督の辻さん、投手コーチの小野和義さんが、それだけ信じて投げさせてくれたことに感謝しています。それだけ信じてくれたことがうれしかったです」
平井が年間81試合登板のパ・リーグ記録を更新してから7年。現在のプロ野球では、3連投さえ珍しくなった。それはリリーフ投手にとって、本当に「いいこと」なのだろうか。
「まあ、いいことなんじゃないかなと思いますけどね。どうなんだろうな。それが正解か不正解か、わからないですよね」
【2連投までは推奨したい】
では、もし平井自身が投手運用を預かる立場になったら、どうするのか。
「2連投までは推奨すると思います。どうしてかと言ったら、ベストコンディションに近い状態で投げさせてあげられるからです。それに関してはいいことなのかなと思いますけど、難しいですよね。肩肘を守ると言っても、ケガしているじゃないですか」
2020年代に入り、150キロを超える速球を投げる投手は珍しくなくなった。投手の出力が飛躍的に高まる一方、故障をどう防ぐかという課題は、より大きなものになっている。
「今の連投でもケガするということは、3連投や4連投をOKにしていたら、もっとケガ人が増えているのかな......。野球が今、ちょうど難しい時期を迎えているのかなと思います」
年間81試合に登板したことを、平井は微塵も後悔していない。それでも「2連投まで」を推奨する。その考えには、現役生活最後の舞台となった独立リーグでの経験も影響している。
「独立リーグに来て思いますけど、すごくいろんな情報があふれている世の中だからこそ、ケガが増えているのかなと感じます」
34歳で現役生活最後のシーズンを迎えた2026年。NPBを離れ、独立リーグに身を置いたことで、平井はこれまでとは異なる角度から野球を見るようになった。
平井克典(ひらい・かつのり)/1991年12月20日、愛知県出身。飛龍高から愛知産業大、Honda鈴鹿を経て、2016年ドラフト5位で西武に入団。1年目から42試合に登板し、18年には64試合で21ホールドを挙げてリーグ優勝に貢献。翌19年にはパ・リーグ記録となるシーズン81試合に登板し、リーグ連覇を支えた。その後は先発も経験するなど幅広い役割を担い、西武では通算350試合に登板して29勝25敗、104ホールド、防御率3.39を記録。2025年限りで西武を退団し、26年はメキシカンリーグを経てBCリーグの神奈川フューチャードリームスでプレー。同年8月に今季限りでの現役引退を表明した
著者プロフィール
中島大輔 (なかじま・だいすけ)
2005年から英国で4年間、当時セルティックの中村俊輔を密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識を変える投球術』。『中南米野球はなぜ強いのか』で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。内海哲也『プライド 史上4人目、連続最多勝左腕のマウンド人生』では構成を担当。
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