【プロ野球】「頼むと言われる限り、僕はマウンドに立つ」 シーズン81試合を投げた元西武・平井克典が最後まで貫いた生き方 (3ページ目)
一方、平井は3日連続以上の登板が計5度あり、その間だけで258球を投げている。3人のリリーバーの合計を、平井ひとりの球数が上回っていたことになる。
当時、こうした起用法を「酷使ではないか」と疑問視する声は少なくなかった。筆者も強く批判したひとりだった。では、平井自身はどう受け止めていたのか。
「たしかに、あの年をピークにちょっとずつ成績が落ちていきました。でも、あの登板数を理由にしたくないとずっと思っていました。こういう機会だから言いますけど、それが僕の成績が落ちた理由ではない。
あの時にコーチや監督がうまくやれば、もうちょっと成績が伸びたんじゃないかと言われたら、僕はそうではないと思う。仮に50試合で終わったとしても、ちょっとずつズレは生じてきていたので、その先の結果は一緒だったと思うんですよ」
【信じてくれたことがうれしかった】
2020年以降、平井は中継ぎと先発を行き来した。連覇を手繰り寄せた頃のような絶対的セットアッパーではなくなっていった。
だが、もし2019年に81試合も投げていなかったら、その後の野球人生がどうなっていたのか。それは誰にもわからない。もっと長く第一線で投げ続けられたかもしれないし、そうではなかったかもしれない。
NPBが発表した2025年の戦力外・現役引退選手の進路調査によると、対象選手の平均在籍年数は6.8年、平均年齢は27.2歳だった。いつまで続けられるかわからない世界だからこそ、平井は目の前の仕事をまっとうすることを選んだ。
「65歳の定年まである仕事だったとしたら、もうちょっとうまくやっていったと思います。あと20年できる仕事だったら、『今年はけっこういい仕事をしたから、来年は少しくらい手を抜いてもいいんじゃないか』と、帳尻合わせをしたかもしれません。
でも、僕らは明日できなくなるかもしれない仕事じゃないですか。だったら、後悔なく走ったほうがいい。それに対して信じてくれるというか、『頼む』って言ってくれる人がいる限り、僕はマウンドに立つべきなのかなと思います」
3 / 4

