【プロ野球】「悔しい、苦しい、情けない...」山田哲人が戸田で過ごした日々 若き燕たちも目指す「もう一度、神宮へ」 (4ページ目)
「いっぱいケガをしたので、そのショックでマイナス思考な部分があったんですけど、プラスにどんどん捉えようという思考もありますし......。その繰り返しですね。二軍に長い間いちゃダメだとか、一軍でやってやるぞとか。やっぱり、一軍でプレーしたいってあらためて思うし、本当にとんでもない数の感情がありますね」
8月4日、戸田球場。チームは遠征中で、山田は残留練習でフリー打撃を行なった。練習を終えた石川雅規が見守るなか、その打球はきれいな角度で次々とフェンスを越えていった。
山田も石川も、今季は戸田で長い時間を過ごしてきた。
「石川さんだけでなく、石山(泰稚)さんも今ここにいますし、ベテランと言われるピッチャーたちと、一軍でまた一緒にプレーしたいという気持ちは持っています。試合はチームのために早く戻りたいという気持ちで見てましたし、自分のためにも戻りたいですね」
【一軍で野球ができることに感謝】
そして8月22日、バンテリンドームでの中日戦。
「やっとだなという気持ちです。全力でプレーしますし、起爆剤じゃないですけど、そういう立場になれたら」
山田は、ようやく一軍の舞台に戻ってきた。6番・一塁で先発出場。結果は3打数無安打だったが、山田が打席に立つだけで球場の空気は変わった。
「ふわふわして、地に足がついてなかったですけど、一軍で野球ができることにあらためて感謝の気持ちを感じながらプレーしました」
25日の巨人戦(神宮)では、4番・ファーストで先発出場し、4打数3安打の活躍。
「今年の初ヒットも打てましたし、個人的にはスタートが切れました。待っている球を打ち返しましたし、変化球にも対応できたのでよかったのかなと思います。明日に向けてまた頑張ります」
シーズンはいよいよ終盤戦に突入する。池山隆寛監督は「常にファームとは連係をとっています」と話す。
「状態、状況、常に報告と映像を見ながら、この先、一軍に上がってくる選手もいますし、力になってくれると思っています」
チームはAクラス入りをかけた厳しい戦いを続けている。そのなかで、戸田にいる選手たちの力が必要になる時が、必ず来るはずだ。
著者プロフィール
島村誠也 (しまむら・せいや)
1967年生まれ。21歳の時に『週刊プレイボーイ』編集部のフリーライター見習いに。1991年に映画『フィールド・オブ・ドリームス』の舞台となった野球場を取材。原作者W・P・キンセラ氏(故人)の言葉「野球場のホームプレートに立ってファウルラインを永遠に延長していくと、世界のほとんどが入ってしまう。そんな神話的レベルの虚構の世界を見せてくれるのが野球なんだ」は宝物となった。以降、2000年代前半まで、メジャーのスプリングトレーニング、公式戦、オールスター、ワールドシリーズを現地取材。現在は『web Sportiva』でヤクルトを中心に取材を続けている。
フォトギャラリーを見る
4 / 4


































