阿部慎之助が振り返る「悪魔のささやき」と闘った苦悩の日々。「イップスからは逃れられなかった」 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

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 改善できそうなことは、すべて試した。それでも、阿部の一進一退は続いた。阿部とドラフト同期入団で現在は巨人広報を務める上野裕平さんは、何かに取り憑かれたようにスローイング練習を繰り返す阿部の姿を見続けてきた。

「寮の地下練習場でネットに向かって投げたり、夜中に起こされてキャッチボールをしたり。ずっと練習していましたよ。一時はかなりひどい状態でしたから、よくこんなによくなったなと思いました」

 だが、イップスは阿部の体内から完全には出ていってくれなかった。遮二無二投げ続けていると、今度は阿部の右肩に痛みが走るようになった。

「悔しくて、練習量で治すしかないと思って、めちゃくちゃ投げまくってましたからね。それで肩が壊れました。もちろん自分のケアも甘かったんでしょうけど、それを超える練習量だったと思うので」

 いくら右肩の不調を抱えていても、試合を休むわけにはいかない。プロ野球とはそういう世界なのだ。

阿部を苦しめた悪魔のささやき

 インタビュー中、阿部は左手で自分の右肩の付け根を上下に切るような仕草をして、こう漏らした。

「イップスになった人ならわかってもらえると思うんですけど、もう自分の腕じゃないみたいなんですよ。それで、投げる時に誰かが耳元でささやくんです。『ちゃんと投げろよ』って。たぶん、それは自分で勝手につくった幻なんでしょうけど、僕らは『悪魔のささやき』って呼んでいましたね」

 悪魔のささやきを受け、「えーい!」とやけくそ気味に腕を振ったことも何度もあったという。

 だが、ここで思い返してみてほしい。阿部のイップスが原因で巨人が失点したシーンを記憶している野球ファンはいるだろうか。

 本人に尋ねてみると、阿部は遠くを見つめるようにして記憶をたどり「失点はたぶんなかったです」と答えた。

「幸運としか言いようがないですよね」

 そう言って阿部は笑ったが、決死の工夫と努力が実った結果でもあるのだろう。

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