佐藤輝明、大ブレイクに一抹の不安。阪神ドラフト1位の歴史を辿ると... (3ページ目)

  • 津金壱郎●文 text by Tsugane Ichiro
  • photo by Jiji Photo

 ドラフト制度が大きく変わった2008年、阪神の監督は岡田彰布から真弓明信へと交代になった。そしてこの年にドラフト1位で獲得したのが、蕭一傑(しょう・いっけつ)だった。

 松本啓二朗(外野手/早稲田大→横浜/2017年オフ戦力外)、藤原紘通(投手/NTT西日本→楽天/2013年オフ戦力外)を抽選で外した「ハズレのハズレの1位指名」ではあったものの、奈良産業大で残した通算16勝1敗、防御率0・63という抜群の数字から即戦力として期待された。

 しかしフタを開けてみれば、背番号19は二軍で活躍するものの一軍からお呼びはかからず、3年目に2試合登板したのみで4年目のオフに戦力外となった。

 2009年、ドラフト1位で指名されてエースナンバーの背番号18を与えられたのが、法政大の右腕・二神一人だ。菊池雄星(西武→シアトル・マリナーズ)を抽選で逃したハズレ1位だったが、春季キャンプを一軍でスタート。紅白戦、オープン戦と好投を続けて開幕先発ローテーション入りを視野にとらえたが、故障して二軍降格となった。

 二神にとって痛かったのは、1年目に右ひじ内側側副じん帯を損傷したことだろう。このケガによってプロ入りする前までのトップフォームを取り戻せず、2016年かぎりでユニフォームを脱ぐことになった。

 東京ガスから2010年ドラ1で入団した左腕・榎田大樹は、1年目からセットアッパーとしてフル回転。球団新人記録となる62試合に登板した。しかし、2年目に左ひじを痛めたことで以降は輝きを失い、2018年には西武に移籍。現在はチームで貴重な中継ぎ左腕として存在感を発揮している。

 2013年ドラ1の左腕・岩貞は1年目から先発ローテーションを担う存在として期待され、3年目には10勝をマークした。しかし、その後は安定感を欠いて先発陣の柱にはなれず、昨季はキャリアで初めてリリーバーとしてブルペンを支えることになった。

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