2020.12.31

入団拒否、浪人生活、猛バッシング… 巨人愛を貫いた男たちの波乱万丈【2020人気記事】

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Sankei Visual

 巨人ではエースとして活躍し、2011年には18勝5敗、防御率1.70とすばらしい成績を残した。この年を含め2度の最多勝を獲得し、通算133勝を挙げる大投手として君臨した。しかし、2018年にはFAで西武から巨人に移籍した炭谷銀仁朗の人的補償として、西武に移籍する。

 現在は広島で活躍する長野久義は、2度のドラフト指名拒否を経て巨人入りを果たしている。

 日本大では4年時に春夏連続で東都大学リーグ首位打者に輝き、2006年大学生・社会人ドラフトで日本ハムから4巡目指名を受ける。だが、巨人入団にこだわった長野は指名を拒否し、社会人のHondaに入社する。

 Hondaでも結果を残した長野は、プロ解禁となる2年目の2008年のドラフト会議でロッテから2位指名を受ける。しかし、やはり指名を拒否してHondaに残留。翌2009年2月には巨人の清武英利球団代表(当時)がHondaへ挨拶に訪れ、早くも長野のドラフト1位指名を公言する。

 あまりに早い公言と、25歳の外野手を1位指名する決断に、当時は批判の声も多かった。だが、長野は結果で雑音を封じてみせる。

 同年の都市対抗野球大会では打率.579をマークして首位打者賞を受賞し、チームを13年ぶり2度目の都市対抗制覇に導いた。

 ドラフト1位指名を受けて念願の巨人入りを果たすと、実績のあるベテラン・谷佳知とのレギュラー争いの末にポジションを奪取。1年目から打率.288、19本塁打と結果を残して、新人王を受賞した。翌2011年には首位打者を獲得するなど、長らく中心選手として活躍する。

 だが、長野も2018年オフにFA移籍した丸佳浩の人的補償で広島に移籍する。内海同様に人望の厚い功労者の流出に衝撃が走った。他球団からの指名を断ってまで入団にこだわった球団に、プロテクトから外される。プロである以上は仕方がないことだが、なんとも皮肉な結果になってしまった。