山田久志が引退を決意した衝撃弾。清原和博はシンカーを完璧に捉えた (2ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Kyodo News

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 そう言いながらも山田がルーキーだった自分のことを意識してくれていたことを感じ取った清原は、褒められた子どものような無邪気な笑顔で山田のことを持ち上げる。

「あのシンカー、ビックリしましたよ。空振りしたら袖にかするくらいに鋭く曲がり落ちてくるんですから......」

 山田久志のシンカー。

 若き日の山田は、アンダースローにありがちな技巧派のピッチャーではなかった。ボールをリリースする直前、手首を立ててスナップを利かせ、速いストレートを投げる"本格派"のアンダースローだった。1970年からの5シーズン、スピードで押しまくった山田は2度の20勝を記録するなど、順調に勝ち星を積み重ねてきた。

 しかし1975年、阪急に入団してきた山口高志の豪速球に、山田は仰天する。この頃、スピードだけの勝負に限界を感じていた山田は、「品がないほどの速さだった」(山田)という山口のスピードにショックを受けたのだ。そしてピッチングの幅を広げるため、シンカーに活路を見出そうとした。

 当時の阪急にはシンカーの名手、同じアンダースローの足立光宏がいた。山田は足立にこう切り出した。

「シンカーを覚えたいんですが......」

 足立は、ぶっきらぼうに言った。

「そんなん、覚えんでいい」

「いや、せめて握りだけでも......」

「やめとけっ」

 足立は、シンカーを覚えることがストレートのスピードを殺してしまうことを知っていた。それでも山田は足立のシンカーの握りを盗もうと、ブルペンで目を凝らした。それを知ってか知らずか、ある日、足立は山田を呼んでこう言った。

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